
あの夏の記憶には、最初から欠落がある。
思い出せない部分があるのではない。
思い出してはいけない部分が、最初から折り畳まれている。
小学五年の夏、私は母方の祖父母のいる山間の集落で過ごしていた。五十人にも満たない人間が暮らす場所で、外から来た子供は私ひとりだった。すぐに、年上の少年二人と、年下の少年一人が遊び相手になった。
四人で行動するようになってから、遊びは自然と危険な方向へ寄っていった。
川、山、林道。
大人に見つかると怒られる場所ほど、面白く感じられた。
集落には、理由を説明されない禁忌が二つあった。
森の奥の祠と、墓地を越えた先の道だ。
祠には行った。
何も起きなかった。
その「何も起きなさ」が、次の選択を後押しした。
墓地を抜けた先には、鎖で塞がれた道があった。終点は川で、そこから先は行き止まりだと聞かされていた。だが、藪の中に踏み分けられた跡があり、辿ると吊り橋が残っていた。
誰が使っていたのかは分からない。
使われている形跡もなかった。
橋を渡った先に、家があった。
二軒。
道を挟んで向かい合い、その周囲だけ、木々が不自然に開けていた。
家の中に、生活の名残はなかった。
代わりに、鏡があった。
部屋ごとに一つずつ。
姿見、小ぶりな鏡、割れた鏡。
どれも、誰かが「そこに置いた」ような位置にあった。
鏡の前には、箱や包みがあった。
封はされていたが、古く、触れれば簡単に壊れそうだった。
誰も触れていないはずの箱が、開いていた。
気づいた時には、鏡が一つ倒れていた。
裏返った鏡の裏に、文字があった。
文字と呼ぶには曖昧で、意味を読もうとすると、視線が滑った。
次に意識したのは、人形だった。
家の奥にあったはずの人形が、玄関に立っていた。
動いた瞬間は見ていない。
だが、置かれたとも思えなかった。
誰かが叫んだ。
誰かが動けなくなった。
誰かが箱に縋りついていた。
私は、もう一人と一緒に外へ逃げた。
集落に戻った時、空は夕方だった。
出た時刻との整合が取れなかった。
その後のことは、断片でしか覚えていない。
大人たちの顔。
怒鳴り声。
泣き声。
誰かが、何も言わなくなった瞬間。
その夜、私は神社に連れて行かれた。
何をされたのかは、順序立てて思い出せない。
ただ、吐いたものの色だけは、はっきり覚えている。
翌日、私は集落を離れた。
それきり戻っていない。
後になって、あの家に向かった者がいたと聞いた。
理由は分からない。
助けに行ったのかもしれないし、呼ばれたのかもしれない。
結果だけが残った。
後日談:
後日談はまだありません。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(0件)
コメントはまだありません。


