
冬の終わり、夜の電車は妙に静かだった。
窓の外は真っ黒で、ガラスに映る車内だけが“もう一つの世界”みたいに揺れている。
僕は座席に座ってスマホを眺めていた。
そのとき、向かいの席に座った女に気づいた。
息をのむほど、きれいだった。
長いまつ毛、整いすぎた鼻筋、肌は光を吸うみたいに白い。化粧が濃いわけでもないのに、目だけが妙に強い。
なぜか、視線が合った。
普通なら、すぐ逸らす。
でもその女は、逸らさなかった。
まばたきの回数すら、こっちに合わせるみたいに少ない。
僕は落ち着かなくなって、次の駅で降りることにした。
目的地はまだ先だったけど、なんとなく、ここで降りないといけない気がした。
ドアが開く。
ホームの冷気が流れ込む。
僕が降りる、その瞬間。
女も、同じタイミングで立った。
階段を上がる足音が、背後からぴったりついてくる。
振り返ると、女は少し離れたところにいて、まっすぐ僕を見ていた。
逃げるほどじゃない。
でも“偶然”にしては、距離が不自然だった。
僕は駅前のコンビニに入った。
買うものはないけど、明るい場所なら落ち着くだろうと思った。
棚の前で適当にガムを手に取る。
ガラスに映る店内、背後に、女。
まるで最初からそこにいたみたいに、自然に立っている。
レジに向かうと、女も同じ列に並んだ。
僕の会計が終わる。
店員が「次のお客様」と言う。
女は財布を出さず、商品も置かず、ただ僕を見て微笑んだ。
その微笑みが、綺麗すぎて、怖かった。
外に出ると、冬の空気が刺さった。
僕は早足で駅前の大通りを歩いた。タクシーを拾おうと思ったが、この時間は流れてこない。
ふいに、背後から声がした。
「寒いですよね」
振り向くと、女はコートの襟元を押さえ、まるで普通の会話みたいに言った。
「電車、同じだったから。安心しちゃった」
安心、、?
僕は、喉が乾く音がした。
「……すみません、急いでるんで」
逃げるように歩き出した。
すると、女の足音も、同じ速さになった。
走れば走るほど、足音も速くなる。
止まれば止まるほど、足音も止まる。
まるで僕の影みたいに。
路地に入ったのは失敗だった。
大通りから一本入るだけで、人の気配が急に薄くなる。
僕はコンビニの明かりが見える場所まで戻ろうとした。
そのとき、女が初めて、距離を詰めてきた。
すぐ背後。
吐く息が、首筋に当たった。
冷たい。
冬の冷たさじゃなく、冷蔵庫を開けたときの、あの“保存された冷え”。
「ねえ」
女が囁く。
「あなた、見たでしょ。さっき、窓に映った“私”」
背筋が固まった。
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