
長編
僕の地獄と彼女の地獄
匿名 2日前
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上げ、力任せに包丁を振り下ろす。
硬い肋骨に阻まれた刃先は、三度目の殺意を腹部に振り下ろす。
包丁は大した抵抗もなく、僕の腹部の中に飲み込まれていった。
男の目と、一連の行動には一切の迷いや躊躇いなど微塵も感じられなかった。
振り上げては振り下ろし…振り上げては振り下ろし…
もう一度、もう一度、もう一度…。
何度目のことだろう…
僕の意識と視界が突然切り替わった。
僕は無表情で自分を見つめる男の上に跨り、狂ったように刃物を振り下ろしている。
自分の家で彼女の隣に寝ている知らない男に、言いしれない怒りと殺意を感じていた。
包丁は血にまみれ、男が掛けている布団には黒い染みがじんわりと広がっている。
胸や腹を何度刺されても顔色一つ変えず、呻き声一つあげないその男に、薄気味悪いものを感じていた。
長い前髪が流れて男の顔がはっきりと見えたとき、背中にゾクリとする冷たい悪寒が走った。
腕の中で血管が凍りつく感覚とでもいうのだろうか、指一本動かすことが出来なかった。
それはまるで、血の通っている人形のような目をしていた。
男は僕だった。
自分の体に突き刺さる刃物ではなく、ただ静かに僕の目だけを見ていた。
そしてまた視界と意識が切り替わる。
僕は口から血のあぶくを吐きながら、僕を殺そうとする男の行動をなんの抵抗もせずにただずっと見ていた。
僕の上で激しく暴れる男の顔は、やはり無表情だった。
あれだけ激しく動いていたのに、息一つ切らしていない。
湿り気を帯びて重くなった布団を、一心不乱に突き刺していた。
そしてまた切り替わる。
もう何度そうしたのだろうか。
無表情で僕を見上げる男の目から、ゆっくりと光が失われていく。
やがて鈍い光の反射もなくなったとき、僕は何度かの深い呼吸をして、馬乗りになった男の上から下りた。
その手と握られた包丁からはテラテラと、黄色い脂肪の欠片まじりの血液がゆっくりとフローリングの床に零れ落ちる。
切り替わる。
男が最後に僕の腹部に深く突き刺した包丁をゆっくりと抜いて、ひどく怠そうな仕草でベッドを降りた。
そのときの僕には、男の行動を観察する意識はなく、眼球は表面に男を映すだけの透明のビー玉のように思えた。
男は包丁をシンクに投げ捨て、手を洗い、置いてあったコップに水を汲んで一気に飲み干した。
それからリビングを通り過
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