
三年前の冬のことです。
その頃は仕事が忙しく、毎日のように終電で帰っていました。
駅に着くのはだいたい夜一時過ぎです。
家までは徒歩十五分ほどで、住宅街をまっすぐ進むだけの道です。
大通りを外れると街灯も少なく、夜は物音ひとつしないほど静かになります。
途中に小さな公園があります。昼間は子どもたちが遊ぶ、ごく普通の公園です。
ブランコと滑り台と砂場があるだけの場所ですが、夜になると真っ暗で、正直あまり通りたくありません。
それでも近道になるので、いつも横を通っていました。
その日も、寒さに肩をすくめながら歩いていました。
公園の前を通りかかったとき、ブランコの軋む音が聞こえました。
きい、きい、と規則的な音でした。
風はほとんどなく、木の枝も動いていませんでした。
それなのに、ブランコだけが揺れているようでした。
暗くてはっきりとは見えませんでしたが、一つだけがゆっくり前後に動いているのが分かりました。
嫌な感じがして、足早に通り過ぎようとしました。
そのときです。
「ねえ……」
小さな声が背中のほうから聞こえました。女の子の声のように思えました。
聞き間違いだと思おうとしましたが、はっきりと耳に残りました。
振り返りませんでした。
振り返ってしまったら、何かが決まってしまう気がしたのです。
すると、すぐ近くでまた声がしました。
「ねえ、待って」
心臓が速く打ち始めました。
走ればいいのに、なぜか走れませんでした。前だけを見て、必死に歩き続けました。
公園を抜けたはずの場所で、また鎖の軋む音がしました。
きい、と。
すぐ後ろで聞こえました。
反射的に振り返りましたが、そこには誰もいませんでした。
公園はもう少し離れていて、この位置からは見えないはずです。
それなのに、音だけがすぐ背後にあったのです。
その瞬間、右肩が軽く後ろに引かれました。
強くではありません。触れた、という程度です。
でも、確実に何かがそこに触れました。
悲鳴も出ず、そのまま全力で家まで走りました。
玄関でようやく息を整え、コートを確認しました。
右肩だけが、手のひらほどの大きさでじっとりと濡れていました。雨は降っていませんでした。
地面も乾いていました。
それから半年ほど、公園の横は通りませんでした。
遠回りでも明るい道を選びました。
半年後、また同じ時間に帰ることがあり、もう大丈夫だろうと思って公園の横を通りました。
ブランコは揺れていませんでした。音もしませんでした。
ほっとした瞬間、ポケットの中のスマホが震えました。
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