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名札のある階段

志那羽尾岩子 3日前
怖い 3
怖くない 2
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だろうと思ったが、天井は乾いて見えた。 床に落ちていた白い布を拾い上げると、それは子どものワイシャツだった。胸元に小さな名札が縫い付けられているが、文字は滲んで読めない。シャツにはまだ温もりが残っているようだった。私は咄嗟に振り向いた。廊下の奥に、影が立っていた。裸足。濡れた足裏の跡が廊下に点々と残っている。 「……返して」 その声はすぐ耳元で響いた気がした。息が触れた錯覚。私はシャツを落としそうになり、胸に抱えた。影が一歩近づくたびに、床の濡れ跡が増えていく。どこかから水が滴っている音が強まっていく。まるで廊下全体が呼吸しているかのように。 私は振り返らず階段へ走り出した。足が空回りし、手すりに肩をぶつけて痛みが走る。下へ下へ逃げようとしたのに、階段がどれだけ降りても同じ踊り場に戻ってきていた。息が苦しくなり、ふと足元を見ると――自分の靴が濡れている。水たまりの上に立っていた。この建物のどこから湧いているのか分からない冷たい水。 次の瞬間、背後で布が引き裂かれるような音がした。 背中で裂けた布の音が、階段室の空気を震わせた。胸の奥がひゅっと縮む。振り向かないまま、私は濡れた階段を踏みしめて下へ下へと逃げた。だが段差の感触が曖昧で、踏み下ろすたびに泥の中へ沈むような鈍い感触が返ってくる。 階段の壁に手をつくと、そこも湿っていた。指先を滑らせると、水ではない、もっと粘度のある膜のようなものが指にまとわりついた。拭おうとしても手のひらに張りつき、爪の隙間に染み込んでいくような感触が残る。 息が濁って、肺の中に冷たさが刺さる。下の階に続くはずの段差が、視界の端でぐにゃりと歪んだ。照明は相変わらず断続的に点滅していたが、その明滅が奇妙に遅く、階段全体をゆっくり摑んで放すような、呼吸に似たリズムを生んでいた。 最初の踊り場に出たつもりだったが、そこには見覚えのない扉があった。古い木製で、中央にだけ金色の丸い覗き窓がついている。金具はさびているのに、覗き窓のガラスだけがやけに澄んでいて、光を吸い込むように暗い。 扉の下に、細い水の筋が流れていた。どれくらいの時間なのか分からないが、絶え間なく外へ漏れているらしい。私はその流れを跨ごうとした瞬間、ふいに扉の向こうから「――まだ、いるよね」と声がした。 声は幼かった。しかし震えていた。喉の奥で押しつぶされたような、かすれたか細い声。それでも確かに、こちらの

後日談:

  • 《解説》 表向きは「古い建物の怪異に遭遇した話」に見えるが、仕掛けは以下。 ・物語の中で、主人公は一度も「子どものシャツを拾った」と明確に描写されていない。 “拾ったつもり”で抱えていたのは、建物側が主人公の記憶を書き換えた結果。 ・階段のループ現象は「帰り道を閉じるため」ではなく「主人公をスキャンして複製するため」の工程。  登場する“白いもの”や“沈んだはずのワイシャツ”は、その複製過程の断片。 ・最後に胸についた名札が主人公の名前だったのは、  建物側が“主人公の子ども服”を完成させた証拠。 ・つまり主人公は「助けを求めていた側」に“仕上がった”。  序盤で聞こえた「たすけて」は、もとは主人公の声だった可能性がある。 建物に入った時点で、主人公は「受け取られる側」になっていた、という反転。

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