
──これは、解けなかった呪いの話です。
いや、正確には──“解いた”と思わされた話です。
それ以来、私は毎晩、あの子の影を夢に見る。
笑っているようで、どこか不気味な目をしている。
──だが、あれは喜びの表情ではなかった。
名を出すのもためらわれるが、仮に「真理(まり)」としておこう。
彼女はまだ十歳。ある日、私の部屋で遊んでいた。
部屋のドアを開けた瞬間、空気が重くなった。
棚の奥に置いていた古い日記が、ひとりでに開いていた。
彼女はその日記を見て、目を輝かせていた。
「これ、すごい! お兄ちゃん、これ何?」
その声が、どこか遠くから聞こえてきた気がした。
真理は、じっと日記のページを見つめていた。
私には、そこに“何か”がいるように思えた。
だが、見てはいけない気がして、視線を逸らした。
呪いを解く言葉を唱え始めたとき、彼女の背後に“もう一つの影”が揺れた。
影のように。だが、影よりも濃く、厚く、不気味だった。
「“それ”がこの家に入ったのは、いつからですか?」
私は答えられなかった。
長い沈黙の後、かすかな声で言った。
「古いお墓の近く……誰もいないと思って……遊びで……」
私は、解呪の儀式を始めた。
何度も繰り返してきた言葉のはずだったが、今回は異常だった。
言霊が口を出るたび、冷たい空気が押し寄せてきた。
儀式が終わったとき、真理はまだ微笑んでいた。
口は動かない。
だが、笑みの“形”が──人間のものではなくなっていた。
「……終わったの?」
私の声に、彼女は頷くことしかできなかった。
真理の目が、今度は私の背後の壁を見ていたからだ。
壁の向こうには、誰もいない──はずだった。
その晩から、異変が始まった。
廊下の隅で、かすかな足音。
床に、見えない何かの跡。
鏡に、私の背後で笑う“黒い影”が映る。
夢に真理が現れ、口を開けて笑う。
その口は──奥の方まで、“歯がない”のに、笑っている。
目が覚める。
だが、夢が終わっていない。
枕元の床が、重く凹んでいる。
天井の隅から、誰かが見ている“音”がする。
再び解呪を試みた。
だが、最初の一言が、どうしても出なかった。
喉に手をやると、舌が動かない。
舌の根元に、何か冷たいものが絡みついていた。
内側から。
「真理の中にはいなかったのか……?」
違う。
──“真理は器”だった。
本体は、すでに私の中にいたのだ。
そして、あの夜。
儀式の途中、鏡に映ったのは──真理ではなかった。
いや、“真理だったもの”の残骸だ。
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