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洋子さん
長編

洋子さん

しずく 2016年7月24日
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初投稿です。 以前友人から聞いた体験談を少し脚色しています。 人物は仮名で、友人目線で書いています。 改行や文章など拙くお恥ずかしいですがよろしくお願いします。 兄がおかしくなった。 昨日、彼女との1泊旅行から兄が帰ってきたのだが、どうにも兄の様子がおかしい。 ずっと部屋に閉じこもって食事にも出てこない。 家が厳しい彼女との初めての旅行ということもあって(彼女の方は女友達と行くと嘘をついてきたらしい)旅行前は、かなりウキウキしていたのに。 昼飯前にさすがに心配になり、ドア越しに声をかけてみた。 「兄ちゃん、どうしたん?洋子さん(彼女)とケンカでもしたん?」 返事がない。 「…兄ちゃん?」 しばらくして、低くかすれた声で兄が答えた。 「洋子から電話あったら…俺はいないって言ってくれ。」 「もー!やっぱりケンカかよ?まぁ、とりあえず飯くらい食べろよ。」 「……。」 それから何度か呼び掛けたが、もう兄からの応答がないので、俺は諦めてリビングに戻り母の作った焼き飯を食べた。 夕方、家の電話が鳴った。 母は買い物に出ていたので俺が取った。 洋子さんだった。 「…洋子ですけど。良一君(兄の名前)いますか?」 俺は一瞬本当のことを言おうか迷った。 しかし、家の電話にかけてくるということは、兄が携帯に出ないということだ。 兄の頭がまだ冷えていない今、無理に兄に代わって、余計に事態が悪化しても困るし、何より後々、兄の制裁アイアンクローが怖い。 俺は答えた。 「スミマセン。今ちょっと出かけてて…いつ帰るかも分からないです。」 「……。…見つけた。」 「…え?」 ―ガチャ。ツーツーツー。 なぜか嬉しそうにそう言って(心なしか、切る直前フフフっという笑い声も聞こえた気がした)、洋子さんは突然電話を切った。 何となく嫌な気分になった俺は気を紛らわすため、再放送のバラエティー番組の続きを見た。 夜、インターホンが鳴った。 「はーい。」 母が出た。 「洋子ですけど…。」 時刻は22時を回っている。 家がめちゃめちゃ厳しい洋子さんが、こんな時間に外出するなんて、よっぽどだ。 母は俺に、どうしようかと目で訴えてきたが、とりあえずこんな夜中に、女の子と(しかも兄の彼女と)インターホン越しにやり取りするのはよろしくないので、玄関までは上がってもらうことにした。 母が「ちょっと待ってねー。」とか声をかけながら玄関に向かう。 2階から兄が何か叫んでいるのが聞こえた。 ―カチャリ。 玄関を開ける音。 と同時に母の、まさに耳をつんざくような悲鳴。 「ギャーーーッッッ!!!」 俺の肩がビクッとすくみあがった。 リビングで耳掻きをしていた親父も、耳かきを耳に突っ込んだままの状態で肩をすくませている。 急いで玄関に向かって、母に声をかけようとするが……。 …動かない。 …動かないのだ。 肩が自分の頬くらいの高さまで上がった状態で、金縛りにあったかのように、身動き一つ取れなくなってしまった。 体に力を入れようとしても(というか、この体勢自体すでに肩に力が入っているのだが)、全くダメ。 声も出せない。 かろうじて目だけ動くので、横目で視界の端に親父を捕えたが、どうやら親父も同じ状態らしい。 リビングから玄関に通じる扉は開かれている。 ―ギシ…ギシ… ―シャッ…シャッ… 玄関から衣擦れの音とともに、誰かが来る気配がする。 洋子さんだ。 …いや、洋子さんなのか?? 黒いワンピースの裾が見える。 以前、1度だけ洋子さんに会ったことはあるが…今目の前にいるそれは、俺の記憶にある清楚なお嬢さん風の洋子さんとは全くの別物だった。 サラサラだった長い黒髪は、寝起きのように不気味にからまり、リングの貞子とまではいかないが、顔の前にもいくつか筋を作って垂れ下がっている。 もともと色白だったが、今露出している肌は、顔ももちろん、血の気が失せたかのようにまっ白だ。 歩き方は、なぜか異常なまでに内股だ。 そして右腕は横の壁に這わせて、左腕は前方の空間をまさぐるように、ブンブンと振り回している。 そう、まるで暗闇で何も見えないときのようだ。 だが、もちろん電気は煌々とついているわけで、それの不気味な姿ははっきりとよく見える。 扉の前を通りすぎるとき、洋子さんはゆっくり俺の方に顔を向けた。 「ヒッ…!」 俺は叫び声を飲み込んだ。 と言うか、もともと金縛りで声は出ないのだが。 目がおかしい。 文字どおり目がおかしかった。 目の白目部分が真っ赤に染まっている。 ひどい充血とかのレベルではない。 そこに血が溜まっているかのごとく真っ赤に染まっている。 そして、黒目部分は…白い。 正確には、白に透明の膜が張ったような、濁ったような白だ。 俺と目が合っているような気もするが…しかし焦点は合っているのかどうか分からない。 昔、B級の外国ホラーで見たドラキュラ?の目のようだった。 いや、しかし今目の前にいるそれは、もっと悪意に満ちた、見ているだけで涙が出るような、そんな恐ろしい目をしていた。 そして洋子さんはその恐ろしい目を、本当に嬉しそうに歪ませてこう言うのだ。 「…嘘ついたら、だめじゃない。」 ニターッといやらしい笑いを残した洋子さんはまた正面に顔を戻し、手探りする格好で2階に上がっていった。 しばらくして、兄の絶叫を聞くと同時に俺の意識は飛んだ。 翌朝、俺は1番に目覚めた。 親父は耳かきを手に、まだ気を失っていた。 母は玄関で倒れていた。 俺は情けないことに、兄の部屋に一人で行くのが怖かったので、(ドアを開けた瞬間、アレが振り向き、ニターッと笑いかける場面を想像してしまったのだ。)2人を起こして、兄の部屋に向かった。 一応ノックをして声をかけてからドアを開ける。 洋子さんは…いなかった。 兄は…。 兄は…生きていた。 だが…もう兄ではなくなっていた…。 「うぅううーぅ…。ぶふふふ…。」 「ぶふ…ぶふ…うふふふ…。うぉーぅう…。」 だらしなく笑った形に口を開けたまま、よだれをダラダラ垂らしている。 視線は定まらず、首を右回り左回りと交互にくるくる回している。 「兄ちゃん!おい、兄ちゃん!」 「良一!良一!」 呼び掛けても無駄な予感がしたが、呼び掛けずにはおれなかった。 そしてその予感は裏切ってくれなかった。 母はその場に泣き崩れ、父は何か悲しいような怒ったような表情で口をきつく結んでいる。 ああ…。 兄がおかしくなってしまった。 その後、両親は兄の大学に退学届けを出し、兄を病院に入れたが…半年たった今も元には戻っていない。 というか、もうこのまま元には戻らないような予感がする。 この予感は…裏切ってほしいと一心に願っているのだが。 洋子さんは家族ぐるみで消息不明だ。 親父は警察と興信所に相談し、その行方を追っている。 あれは何だったのだろう? 親に嘘をついて兄と旅行に行った洋子さんが、それがバレて酷い目に遭った? 洋子さんの家はかなり厳しいと聞いていたが、その家自体、何かおかしな血筋だったのか? 今となっては全く分からない。

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