
スマホの「最近削除」に、見覚えのない写真が一枚だけ残っていた。
夜の歩道橋。雨上がりのアスファルトが街灯を反射して、やけに明るい。画面の端に、女の人が写っている。白いコート。髪は長くて、顔は半分だけ影。いかにもそれっぽい心霊写真、って言えばそうなんだけど、妙に解像度が高い。最近の写真みたいに肌の質感まで分かる。
俺はそんな場所に行ってない。そもそも、こんな写真を撮るタイプでもない。気持ち悪くて削除しようとしたのに、なぜか「最近削除」に残ってる。消し損ねたのかと思って完全削除を押した。
……消えない。
タップすると、数秒だけ読み込みが入って、また元の場所に戻る。再起動しても、同じ。クラウド同期を切っても、同じ。まるで「これは消させない」って決められてるみたいだった。
次の朝、通知が一つだけ来た。写真アプリの通知なんて普段出ないのに。
「思い出:1年前の今日」
開くと、例の歩道橋の写真だった。1年前の今日。そんなはずがない。俺がこのスマホに変えたのは半年前だ。
しかも、写真が少し変わっていた。女の人が、前よりこちらを向いている。影で隠れていた目が、薄く見える。ピントが、女じゃなくて「俺の立つ位置」に合ってる感じがする。
その日から、毎晩一枚ずつ増えた。
歩道橋の同じ場所。同じ雨上がり。少しずつ距離だけが縮まっていく。最初は端にいたのに、次は中央。次は手前。次は、画面の下に白いコートの裾が入りはじめた。
怖くて誰かに見せようとした。でも、他人に見せると普通の夜景にしか見えないと言われた。「女なんて写ってないよ?」って。俺が画面を指でなぞっても、相手の目には空白らしい。
じゃあ俺だけに見えてる。そう気づいた瞬間、吐き気がした。
ある夜、写真の女が笑っているのが分かった。口元だけが白くて、輪郭がはっきりしている。影の中の目は、こっちを見ている。
その直後、俺の部屋の玄関が「こん」と鳴った。チャイムじゃない。指の関節で軽く叩く音。
ドアスコープを覗いたら、誰もいない。なのに、もう一度「こん」。今度は少し近い。ドアの内側から叩かれたみたいに聞こえた。
慌てて部屋に戻ると、スマホが勝手にカメラを起動していた。フロントカメラ。俺の顔が映っている。疲れた顔。焦った目。
シャッター音が鳴った。
保存された写真を見て、背中が冷えた。
俺の自撮りのはずなのに、肩の後ろに白いコートが写っている。コートの袖が、俺の首の横まで伸びている。まるで、抱き寄せる直前みたいに。
後日談:
後日談はまだありません。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(0件)
コメントはまだありません。


