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中編
線香の匂いがする夜
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線香の匂いがする夜

2025年11月5日
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私は、地方の病院で夜勤をしている介護士です。

もう慣れたつもりでした。深夜のナースステーションに響くモニター音も、薄暗い廊下の蛍光灯のちらつきも。

けれど、あの夜だけは違いました。

今でも、あの“匂い”を思い出すと吐き気がするほどです。

⸻

ある晩、同じ病棟のベテラン看護師が言いました。

「ねえ、人が亡くなる時ってね、線香の匂いがするのよ」

彼女は真顔でした。

「菊の花みたいって言う人もいるけど、私には線香。あの匂いがしたら、誰かが逝くの」

冗談半分に笑おうとしたけれど、彼女はただ遠くを見つめていました。

その夜は、なぜか廊下の空気が重く感じました。

⸻

数週間後、私の夜勤中にその瞬間が訪れました。

午前0時を過ぎ、ようやく終わりが見えてきた時――。

ナースコールではなく、モニターの「ピ――――」という長音が病棟に響いたのです。

慌てて駆けつけると、ベッドの上の男性は、もう息をしていませんでした。

看護師が淡々と処置を始め、私は指示されるまま動きました。

手が震えていました。

「死」という現実の前では、マニュアルなんて意味をなさない。

ただ、冷たくなっていく体を前に立ち尽くすことしかできませんでした。

そして、異変はその直後に起きました。

ナースコールが3つ同時に鳴ったのです。

けたたましい電子音が重なって、まるで誰かが「呼んでいる」ように。

その病棟には、重度の認知症や寝たきりの方が多く、普段ナースコールが鳴ることなどほとんどありません。

私と看護師は顔を見合わせ、同時に立ち上がりました。

最初の部屋に入ると、普段は一日中目を閉じているおばあさんが、上半身を起こしていました。

両手を合わせ、何かをつぶやいています。

「……あの人、迷わないように……」

鳥肌が立ちました。

別の部屋でも同じ。

お経のような声で、震える手を合わせているのです。

しかも三人全員が――。

彼らは、さっき亡くなった男性とは何の関わりもありません。

部屋も離れていて、面識すらないはずでした。

なのに口をそろえて「お見送りをしなきゃ」と言うのです。

夜中の病棟に、嗄れた声がいくつも重なりました。

まるで見えない誰かを送り出すかのように。

その瞬間、ふわりと線香の匂いがしました。

廊下の奥、処置室の方から――。

誰も焚いていないはずの香り。

甘く、湿った煙のような匂いが、私のマスク越しにもはっきり分かりました。

あまりの怖さに、私はナースステーションに逃げ帰りました。

けれど、看護師は静かにこう言ったのです。

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はじめまして、よろしくお願いします。

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