
高層アパートの小さなキッチン。冬の寒空の下、大学生の兄が自分で夕食を作ると言い出した。普段、何もせずに過ごしている兄が、突然の宣言にボクは驚いた。だが、その調理の手際はあまりにもお粗末だ。包丁を持つ手は震え、食材はまるで兄の意志に反抗するかのように床に転がり、火加減も全くお構いなしで、鍋は焦げ付いて煙を上げている。
ボクはその様子を、ただ黙って見つめるしかなかった。心の中では、「やめてくれ」と叫びたいのに、声に出すことができない。自分の足が動かないのは、ただの無力感からだろうか。それとも、何か別の理由があるのだろうか。
キッチンの隅に置かれた料理道具。兄はその一つ一つをまるで宝物のように扱い、時折目を細めながら調理を続ける。だが、ボクはその光景を見ているうちに、胸が締め付けられる思いに駆られた。まるで、何か悪いことが起こる前触れのように感じていた。
そして、ついにその時が来た。兄が鍋から取り出したのは、焦げた食材の塊。彼はそれを丼に盛り、満足げな笑顔を浮かべて言った。「さあ、これが僕の料理だ!」と。だが、その瞬間、ボクの身体が凍りついた。目の前に広がる光景は、想像を絶するものだった。
丼の中には、まるで生きているかのように動く食材が混ざっていた。それは、目に見えない何かに操られているように、グニャリと形を変え、兄の手の中から逃げ出そうとしているように見えた。ボクは何とか逃げようとしたが、身体が言うことを聞かない。次はボクの番だ。そう思ったとき、兄の笑顔が一瞬で歪んだ。彼の目が、真っ黒に変わっていくのを見た。
ボクはその場から逃げ出そうとしたが、足が動かない。兄はゆっくりと、ボクに向かって近づいてくる。彼の手には、まだ動き続ける料理道具が握られていた。次はボクの番だ。そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。冬の夜、アパートの小さなキッチンで、ボクの叫び声は誰にも届かなかった。
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