
この町には、口に出してはいけない名前がある。
「マガマガオンナ」。
小学生の頃、同級生がふざけて言った瞬間に保健室へ運ばれた。
理由は、喉の奥が“煤(すす)みたいに黒く”なって、声が出なくなったからだという。
大人は笑って否定した。
ただ、否定の仕方が妙に揃っていた。
「そんなもの、いるわけない」
「でも言わないほうがいい」
「絶対に、夜は言うな」
大学の春休み、僕は地元に戻ってきた。
駅前の古いアパートに、同級生のユウタがまだ住んでいた。
「おまえ、覚えてるか。マガマガオンナ」
ユウタが缶ビールを置きながら言った。
その声が、少し掠れていた。
「やめろよ。縁起でもない」
「縁起っていうかさ……今、変なことが起きてる」
ユウタはスマホを見せた。
録音アプリの波形が、まるで針金みたいに細く伸びている。
「これ、夜中に勝手に録れてた音」
再生すると――最初は風の音だけだった。
でも、途中から“何か”が混じる。
ぬる、とした湿った呼吸。
粘る舌の音。
そして、女の声。
……まが……まが……
背中の皮膚が、冷たい指で撫でられたみたいに総毛立った。
「おまえ、言ったのか?」
「言ってない。……でも、聞いた」
ユウタは言った。
「夜の公園で、誰かが“言ってる”のを」
その夜、僕らは駅裏の小さな公園へ行った。
遊具の塗装は剥げ、ブランコは鎖が鳴るだけで誰もいない。
街灯がひとつ切れていて、暗い隅ができていた。
その暗がりの中に、黒い塊みたいなものが座っている。
最初はゴミ袋だと思った。
でも、それは――
髪だった。
地面に広がるほど長い髪の束の中心に、誰かがしゃがんでいる。
ユウタが小声で言った。
「……あれだ」
その瞬間、暗がりの“塊”がゆっくり顔を上げた。
顔が、見えない。
髪がカーテンみたいに垂れていて、肌が覗かない。
でも、口だけが――口だけが妙に白く見えた。
そして、笑った。
唇が裂けるほど横に広がり、歯がずらりと並ぶ。
その歯の隙間から、黒いものが糸を引いて垂れた。
女が、喉の奥で何かを転がすみたいに言った。
「きこえた……きこえた……」
僕は息を止めた。
ユウタが後ずさる。
ブランコが、キィ……と揺れた。
誰も触っていないのに。
女が続けた。
「よんだ……よね……?」
僕らは首を横に振った。
声を出したら終わる気がした。
女の髪が、ずるり、と地面を這う。
まるで生き物みたいに、僕らの足元へ伸びてくる。
ユウタの靴に触れた瞬間、ユウタが堪えきれず叫んだ。
「呼んでない!! 呼んでないって!!」
後日談:
- すみません、創作です。映画観たいと思います!
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