
深夜のドラッグストアで、僕は一人でレジを回していた。
午前2時を過ぎると客足はほとんど途切れ、蛍光灯の白い光だけが店内を平らに照らす。
その静けさを切るように、いつも同じ女が来る。
薄いベージュのコート、髪は整いすぎるほど整っていて、買うのは毎回きまって「絆創膏」と「ミネラルウォーター」。
会計の間、女は必ず、僕の名札の文字を読むみたいに目を滑らせた。
ある夜、ポイントカードを出す手がわずかに震えていたので、思わず「寒いですね」と声をかけた。
女は一拍置いて、笑ったのか、そうでないのか分からない口元で言った。
「……あなた、やさしいですね」
その言い方が、妙に耳に残った。
次の日から、女の買うものが増えた。
水と絆創膏に加えて、栄養ドリンク、使い捨てカイロ、そして、、僕の好きなメーカーのチョコバー。
「これ、好きそうだと思って」
女はまるで、僕がそう言ってほしいと知っているみたいに言う。
最初はありがたかった。深夜勤務は孤独だし、誰かが自分を“見てくれている”感覚は、少し心を軽くする。
でも、その“見ている”が、次第に細かくなっていった。
僕が咳をした翌日には、のど飴が増えた。
手荒れがひどいと愚痴った週には、ハンドクリームが増えた。
僕が休憩で飲んだペットボトルと同じ銘柄のものを、女も買うようになった。
そしてある夜、会計中に女がさらっと言った。
「今日、お店の裏の非常口、開けっぱなしでしたよ。危ないから、気をつけて」
その非常口は、店員でも普段は見ない場所だ。
背中の皮膚が、薄く剥がされるみたいにゾワッとした。
その日、女はいつもの水を買って、レシートを受け取らずに去った。
僕は後片付けのついでに、そのレシートを捨てようとして、裏に何かが書いてあるのに気づいた。
ボールペンで、細い文字。
「明日、あなたは“絶対に”一人になります」
「22:13に、横断歩道の信号が短いです」
「だから、走って」
冗談の類じゃない。
時間も、妙に具体的だ。
翌日、僕は店長に相談して、早上がりさせてもらった。
女の書いた時間の少し前、店を出る。
駐輪場の自転車に鍵を差すと、背後からコートの裾が擦れる音がした。
「今日は、早いんですね」
振り返ると、女がいた。
でも、いつもの整った感じじゃない。髪の毛が少し乱れ、目だけが“乾いたまま”大きい。
僕が一歩引くと、女は同じだけ近づいた。距離が、糸で引かれているみたいに一定だった。
「大丈夫。走ってって言ったでしょ。あなた、走るの得意じゃないから」
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