
保育園の送り迎えって、いつの間にか“顔見知り”が増える。
朝の挨拶、ちょっとした世間話、子どもの靴が左右逆だったね、なんて笑い合う。そういう日常の延長に、彼女、美咲さんはいた。
妻のママ友だ。
最初は感じのいい人だった。身だしなみはいつも整っていて、声はやわらかい。
「奥さん、疲れてない? これ、よかったら」
ある日、紙袋いっぱいの手作りクッキーを妻に渡していた。妻は恐縮しながらも「ありがとう」と受け取った。
そのあたりから、妙に“うち”に関心が向きはじめた。
「ご主人、いつも帰り遅いの?」
「週末はどこ行くの? いつも仲良しだよね」
「家の間取り、素敵。風通しよさそう」
妻は「よく気が付く人だね」と笑った。僕も、ただ距離感の近い人なんだろうと思っていた。
でも、違和感は小さく、確実に積み上がる。
ある晩、玄関に小さな封筒が落ちていた。宛名は僕。筆跡は丁寧すぎるほど整っている。
いつも奥さんを支えてくれてありがとう。
あなたみたいな人が“家”を守るんだね。
「え、誰これ」
妻が封筒をのぞき込み、固まった。差出人は書いていない。中には、折り目のついた写真が一枚。
うちのリビングを、外から撮ったものだった。夜、カーテンの隙間から漏れる光。ソファに座る妻と、床で遊ぶ子ども。
撮った人は、家の外にいた。
妻は笑ってごまかそうとした。
「…誰かの勘違いじゃない?」
でも、声が少し震えていた。
翌日、園の門のところで美咲さんに会った。
彼女はいつも通り、笑顔で会釈した。
「昨日、クッキー食べた? どうだった?」
妻が「美味しかった、ありがとう」と返すと、美咲さんは僕を見て、まるで初対面の恋人を見るように一瞬目を細めた。
「…よかった。あなたにも喜んでもらえて」
“あなたにも”?
僕はクッキーを食べたと言った覚えはない。妻が家で食べただけだ。
その夜、冷蔵庫を開けると、見覚えのない小瓶が入っていた。ラベルに手書きで「つかれに」とある。
妻に聞くと、「え、知らない」と言った。
誰が、いつ、入れた?
玄関の鍵は閉まっている。窓も。
なのに、冷蔵庫の中だけが、勝手に“更新”されていく。
決定的だったのは、子どもの連絡帳だった。
園の先生のメモ欄に、妻の文字でも僕の文字でもない、丸い字が書かれていた。
きょうも いいこ。
おうちでも いっぱい だっこしてあげてね。
みさきより
妻は青ざめて先生に確認した。先生は首をかしげた。
「え? そんなの、私書いてないですよ。連絡帳、いつもお母さんが持ち帰ってますよね?」
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