
高校のとき、私には「親友」がいました。
美波(みなみ)。明るくて、誰にでも平等で、私が教室で浮きそうになると必ず隣に来てくれる子。
当時の私は、家の事情で朝が弱くて、よく遅刻していました。担任に呼ばれて廊下で説教されると、決まって美波が「大丈夫だよ」と笑って、私の代わりにプリントを揃えておいてくれる。
「私、味方だから」って。
卒業して数年経って、同窓会の案内が来ました。
なんとなく懐かしくなって、美波に会えるのが嬉しくて、私は参加したんです。
でも、会場で受付を済ませた瞬間から、胸の奥がひやっとしました。
名簿に、美波の名前がない。
幹事に聞くと、きょとんとした顔で言いました。
「美波って……誰? そんな子、うちの学年にいたっけ」
冗談だと思って笑ったのに、周りの友達も同じ反応で、話が噛み合わない。
写真好きの子が当時の集合写真を見せてくれて、私はそこに美波が写っているはずの位置を指さしました。
……そこには、誰もいなかったんです。
空席みたいにぽっかり、隣の私だけが笑って写っている。
「ほら、ここ、美波がいつも——」
言いかけた瞬間、頭の中に“音”がしました。
カリ、カリ、カリ。
鉛筆で紙を削るみたいな、細くて乾いた音。
それと一緒に、思い出の一部が、内側から削られていく感覚。
同窓会の帰り道、私は耐えきれず母に電話しました。
「美波って覚えてる? 私の親友」って。
母は、少し黙ってから言いました。
「……あんた、また“あの子”の話をしてるの」
声が低くて、冷えていました。
帰省して、母は古いアルバムを引っ張り出してきました。
そこには確かに私の高校時代の写真が並んでいる。けれど、どの写真にも美波はいない。
代わりに、奇妙な“余白”があるんです。
人が立っていたはずの距離だけ、みんなの姿勢が少し不自然で、視線が微妙にズレている。
まるで、そこに「何か」がいたのに、写真だけが拒絶したみたいに。
母はアルバムの最後に挟まっていた、くしゃくしゃの紙を出しました。
私の字でした。
みなみは いいこ
みなみは みかただよ
でも みなみは わたしじゃない
みなみを みない
「これ、あんたが自分で書いたの」
母は言いました。「先生に言われて、“もう話さない”って約束したのに」
私は必死で思い出そうとしました。
美波の顔。声。匂い。手の温度。
でも出てくるのは、どれも輪郭のない“優しさ”だけ。
その夜、実家の自分の部屋で寝ようとしたとき。
机の引き出しが、ほんの少しだけ開いているのに気づきました。
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