
祖父が残した荷物を受け取るため、初めて北海道の港町へ向かった。
祖父は私の生まれる前に本州へ出た人で、故郷のことはほとんど語らなかった。
親族との交流も途絶えて久しく、私にとってその土地は住所以上の意味を持たない場所だった。
接点が生まれたのは、仕事を辞めた直後のことだ。
職場の倉庫で階段から転落し、三ヶ月の休職を経て退職を選んだ。
補償金で中古のバイクを買った。ホンダの古いCB400だった。それなりに手を入れ、半年ほど問題なく走っていた。
ある晩、母から電話があった。
祖父の弟が亡くなり、生前使っていたバイクを誰か引き取らないかという話だった。
断る理由もなく、数週間後、業者便で届いたのは年代物のカワサキW650だった。
整備状態は良く、すぐに乗り換えた。通勤代わりの買い物にも使い、特に気にすることはなかった。
それから一年ほど経ったある日、親族から連絡が入った。
祖父の弟の遺品整理が終わり、一応顔を出してほしいとのことだった。
葬式には誰も行けなかったため、せめて線香だけでもという話だった。
季節は冬の終わり。仕事を探していない時期で、時間だけはあった。
私は一人でフェリーに乗り、港町を目指した。
到着は早朝の予定だった。
港を出て内陸へ向かう県道に入ったあたりで、吹雪になった。
視界が一気に奪われ、道路の境界線さえ見えなくなった。
ハンドルを取られる恐怖があり、路肩と思しき場所にバイクを停めた。
エンジンを切り、ヘルメットを脱いだ。吐く息が白い。風の音だけが耳を満たす。
そのとき、何かが混じった。
「……ウ……」
風ではない。人の声に近い何かだった。最初は空耳だと思った。しかし、繰り返される。
「……ウシ……」
近い。前方ではなく、後方から。振り返る勇気が出なかった。
「……ウシロ……」
背中に張りつくような距離感。凍りついたまま、呼吸だけが荒くなる。
「いた」
右耳の真横で、はっきりと聞こえた。
意識が飛んだ。
目を覚ましたのは、誰かがバイクを揺すったからだった。
「おい、動かせるか」
除雪車の作業員らしい男が二人、こちらを見下ろしていた。
時刻は午前十時過ぎ。
吹雪は止んでおり、道路には轍がついていた。倒れていたわけではなく、ただ座ったまま動かなくなっていたらしい。
走り出してから、グローブの中に雪が入っていたことに気づいた。ヘルメットを脱いだ記憶は曖昧だった。
集落に着くと、親族が数人集まっていた。
遺影に手を合わせ、茶を飲んでいると、「早朝着って聞いてたけど」と言われた。
後日談:
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