
これは私が友人と体験した出来事だ。
私たちは冬のある夜、廃工場の近くを通ることになった。友人は好奇心から立ち寄ろうと言い出し、私も半ば乗り気でついていった。工場の奥には、古びた自動販売機が一台だけ無造作に置かれていた。
「こんなところに自販機があるなんて、変だよね」と友人が言う。
自販機は、ひび割れたガラスの中に色あせた飲み物が並んでいた。何年も前から放置されているようで、周りには雑草が生い茂り、まるでその自販機だけが時を止めたかのようだった。
「飲んでみる?」と友人が冗談交じりに言ったが、私は何故か気が引けた。すると友人は財布を取り出し、自動販売機の前に立った。
「ちょっと待って、何かおかしいよ」と言うと、友人は笑って「大丈夫だよ、ただの自販機じゃん」と返した。
その瞬間、友人が自動販売機にお金を入れたとき、周囲の空気が急に重くなるのを感じた。友人が飲み物を選ぶと、自販機の上部から何かが落ちてきた。私は思わず目を背けた。
「見て、何か落ちてきた」と友人。その声に振り向くと、地面に落ちたのは、まるで人間の手のようなものだった。白く、冷たく、指がゆらゆらと動いているように見えた。
「ちょっと、やめてよ!」と叫ぶが、友人は興奮した様子で近づいていく。私は恐怖に震えながら後退した。
そのとき、自動販売機の奥からかすかな声が聞こえた。「…助けて…」
振り返ると、廃工場の暗闇から誰かがこちらを見ていた。目が合った瞬間、私は強烈な恐怖に襲われ、友人に背を向けて逃げ出した。
後日、友人がその自販機のことを話すと、彼女は「何もなかったよ」と言った。だが私には、あの声と目が忘れられなかった。友人はその後、何度も自販機の前を訪れていたが、私は二度と近づくことができなかった。
今でもあの廃工場には、冷たい声が響いているかもしれない。自販機の後ろには、助けを求める影が潜んでいるのだろう。
後日談:
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