
長編
潮鳴様
匿名 2025年7月13日
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ぬ。声に返してはならぬ。
呼ばれた者は、しずむ。」
呼ばれる。忘れられる。還る。
――それはただの古い話ではなかった。
佐原は思った。
これは祟りではない。再会なのだ。
人が神を捨てたのではない。
神が人を、待っていたのだ。
佐原は潮成神社旧跡とされる場所を探した。
かつての地元資料では、その名が頻出していたが、現在の地図には存在しない。
だが文献の交点――海と森の境、かつて“表の海”と呼ばれていた区域の北端――そこに、忘れられた小さな石碑があった。
苔むしたその表面に、かろうじて読める文字がある。
「潮成大人 此処に鎮まる」
「水無くとも 波在りて」
「忘るること 封ずることなり」
忘れられることが、封印。
記憶が断たれた時、神もまた眠る。
だが、人々は再びその土地に踏み入れ、波を感じ、思い出し始めてしまった。
佐原は、Aの自宅を訪れた。
部屋はカーテンが閉じられ、昼でも薄暗い。
Aはもう、普通の話ができる状態ではなかった。
言葉をつなげようとすると、喉を抑え、苦しそうに呼吸する。
しばらくして、Aが囁くように言った。
「……夢を見るんだ」
「自分の体が、誰かのものになってる夢」
「波の中に、なにかいる……。
俺の中から、出てこようとしてるんだよ……あいつが」
Aは指で、耳の中をさすった。
鼓膜の裏から、誰かが囁いているのだと。
佐原は、それを聞きながらも、自分の中の“理解”が進んでいるのを感じていた。
かつて、潮は鳴った。
それは文字通りの話ではない。
神が通った場所には、音が生まれる。
風がないのに木が揺れ、波がないのに耳が濡れる。
それはすべて、「彼女」の通り道。
資料にはもう一つ、奇妙な注記があった。
「潮成大人は女のかたちをとりて、人を迎えに出づ。
呼び声は人を恋いしうたのごとし。
されど、その正体は“神”にあらず、“神の皮を被りしもの”と記されしもあり。」
神ではない。
では、何か。
佐原は、それを人間の言葉で表すことに躊躇した。
なぜなら――彼女は、名前ではなく“感覚”だからだ。
波の記憶、潮の重さ、体に染みた塩の記号。
それを総じて、**“シオナリ様”**と呼ぶのだ。
その夜、再び夢が来た。
佐原は森の中、裸足で歩いていた。
足元はやはり乾いていたが、沈んでいた。
彼の体がゆっくりと“何かに”吸い込まれていく感覚。
前方に、白い姿があった。
布でも
後日談:
- 以前別の怪談サイトにも投稿した話です。
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