
長編
潮鳴様
匿名 7時間前
chat_bubble 0
4,485 views
すべて、海のかわりだったのだ。
奥に立つ白い姿が、ゆっくりと、手を伸ばす。
その指先は溶けるように空気に消え、代わりに波音が満ちてきた。
佐原の耳がふさがる。
鼻と口に潮が入る。
だが苦しくない。
それは、帰る感覚だった。
彼は、最後にこう呟いた。
「……もう、忘れないよ」
そして、静かに、沈んでいった。
⸻
その日、森の入口にて、警察が一人の男の靴と手帳を発見した。
手帳の最後のページには、震えるような字でこう記されていた。
「潮は鳴っている」
「ここは 海のかわり」
「シオナリ様が わたしを覚えていた」
「だから わたしも 思い出した」
「神は 孤独だった」
「だから しずんだ」
それ以降、森の中に入った者はない。
いや、入ったのかもしれないが――戻ってはこなかった。
海は今日も、何もなかったかのように、静かだった。
けれど耳を澄ませば――
どこかで、潮が鳴っている。
後日談:
- 以前別の怪談サイトにも投稿した話です。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(0件)
コメントはまだありません。