
九月の終わり、台風の残りみたいな湿気が街に貼りついていた。私は深夜のシフトを終え、コンビニの制服をリュックに押し込みながら、駅前のコインランドリーへ向かった。部屋の洗濯機が壊れて三日目。替えのシャツが底をつきそうで、もう後回しにできなかった。
店は二十四時間のはずなのに、ガラス扉の内側は半分だけ照明が落ちていた。節電なのか、虫でも入ったのか。自動ドアが開くと、ぬるい風と洗剤の匂いが混ざった空気が頬に当たった。乾燥機の丸い窓が並ぶ壁面は、いつもより暗く見える。誰もいない。終電後の時間にしては静かすぎて、逆に落ち着かない。
洗濯物を投入して、空いている機械のスタートを押した。水の流れる音がして、私はやっと息をついた。スマホを開き、通知を流し見する。画面の明るさだけが店内で浮いていて、自分が水槽の中に入ったみたいだった。
そのとき、背中のほうで「カチャン」と硬い音がした。両替機のあたりだ。誰かが入ってきたのかと思って振り向くと、入口のドアは閉じたまま。気のせいか、と目を戻した瞬間、また「カチャン」。一定の間隔で、同じ音がする。コインを落とすときの、あの短い金属音。
私は立ち上がり、両替機の前まで歩いた。壁に埋め込まれたグレーの箱。お札を入れるスリット。小銭を受けるトレイ。どれもいつもと同じなのに、音だけがそこから生まれている感じがした。耳を近づけると、内部で何かが引っかかっているような、乾いた擦れも混じっている。
「誰か、います?」
自分の声が思ったより大きく、天井に反射して返ってきた。返事はない。店の奥の洗濯機が回る水音が、遠い波みたいに聞こえた。
両替機のボタンは、押されていない。なのに「カチャン」。私は見えない指が押しているみたいな気がして、反射的に一歩引いた。引いた瞬間、音が止まった。
あ、やっぱり気のせいじゃない。胸の奥が冷えて、のどが乾く。帰りたい。でも洗濯は途中だ。制服を放置して戻るのも嫌だった。自分に言い聞かせるみたいに、私は机の近くに戻った。
五分もしないうちに、また「カチャン」が始まった。今度は少し速い。小銭が落ちる音が二回、三回。続けて「コトッ」と柔らかい音。トレイに何かが落ちたような気配がした。
私は迷った。見ないほうがいい、という感覚ははっきりあった。でも、確認しないとこのまま一人で待つことになる。目をそらしている間に、もっと近づいてきたら? そんな想像が、背中に汗をつくらせた。
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