
深夜、ネット掲示板に奇妙な書き込みが立った。
古い私鉄の終点近く、駅から数分の位置にあった取り壊し予定のマンションで、夜になると「規則的な音がする」という内容だった。
音は一定で、速くも遅くもならない。金属同士が軽く触れ合うような、乾いた「カチ」という短音が、必ず同じ間隔で続く。
耳を澄ませると、どこかの部屋からではなく、廊下そのものから響いてくるように感じられるらしい。
そのマンションには、数年前まで一人で暮らしていた男がいたという。事件のあと、彼の部屋だけが長く封鎖され、住人の間では番号を口にすることさえ避けられていた。
誰も詳しい話をしない。ただ「近づかないほうがいい部屋」として扱われていた。
ある夜、終電を逃した住人が階段で足を止めた。
音が、背後から聞こえたからだ。
振り返ると、廊下の天井付近に、壁から剥がれかけた染みのような影が浮いていた。
人の形に似ているが、頭の位置が曖昧で、顔と呼べる部分はなかった。
ただ、影の向きだけがはっきりしていた。こちらを「見ている」と分かる向きだった。
次の日、管理会社の手配で清掃が入った。
問題の部屋は、すでに何度も片づけられているはずだった。
それなのに、床には細かい木屑と、短く切られた黒いテープが散らばっていた。
新品ではない。誰かが一度使い、途中で放り出した痕跡だった。
清掃員は、作業を早めに切り上げた。
理由を聞かれても「気持ちが悪かった」としか言わなかったが、帰り際、廊下を歩くたびに背後で同じ音がしたという。
振り向くと音は止み、前を向くと再開する。歩調を変えても、必ず一定の間隔に戻る。
床に、一枚の紙が残されていた。
文字は読める。しかし意味がつながらない。
「まだ
増えている
見られた分だけ
終わらない」
文章とも命令とも言えず、何を指しているのかも分からない。
ただ、その場に長くいるほど、自分が数えられている気がしてきたという。
数か月後、そのマンションは取り壊された。
更地になり、仮囲いだけが残った。
夜、風が強い日になると、金属フェンスの内側から「カチ」という音が一度だけ聞こえることがある。
連続しない。続きもない。ただ、こちらが足を止めた瞬間にだけ鳴る。
立ち去ろうとすると、もう一度だけ、同じ間隔で鳴る。
まるで、見た回数を確かめているかのように。
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