
これは、私が十数年前に住んでいた、ある古びたアパートでの出来事である。
「思ったより古いな……」
小声で呟きながら、目の前にあるボロボロのアパートを見上げる。築30年というその建物は、周囲の新しい住宅地とは対照的に、陰気な雰囲気を漂わせていた。まるで、時が止まってしまったかのようだ。
急に転勤が決まり、ネットで探した物件の中から選んだこのアパートは、家賃が安かったため、他に選択肢もなく決めたのだ。新しい環境での生活に期待を抱いていたが、その期待は次第に不安へと変わっていった。
最寄り駅からタクシーに乗ると、運転手が「ここは昔から不気味な場所だ」と呟いた。「生け贄のアパート」と呼ばれるこの場所では、昔、農作物の不作に苦しむ人々が生贄を捧げて雨を呼んでいたという。そんな話を聞いた私は、ますますこのアパートに対する不安を募らせた。
しかし、安さを思えば、そんな伝説に怯えていても仕方がない。アパートに到着し、早速荷解きを始める。近所に挨拶に行くことにしたが、周りの住人たちは冷たい視線を向けてきた。挨拶をしても無視され、まるで私が何か悪いことをしたかのように扱われた。
そんな中、ある日、子供の声が聞こえてきた。遊び場で遊んでいる子供たちを見かけ、思わず声をかけた。「こんにちは」と言うと、一人の少年が近づいてきた。彼は私に微笑み、サッカーが好きだと教えてくれた。彼との会話は私にとって癒しだったが、その数日後、彼が言った一言が私を不安にさせた。「おじさん、気をつけて。大人たちはあの人と関わるなって言ってた。」
それから数日後、アパートで噂が立ち始めた。「山下さんが消えた」と。私の名を呼ばれたその瞬間、全身が凍りついた。彼は四階の住人だったのに、どうして五階に住む私のことを知っているのか。さらに、あの生け贄伝説が頭をよぎる。私は逃げるようにそのアパートを後にした。
そして今、十五年が経った。あのアパートの存在は今でも私の記憶に生き続けている。あの場所では、今も何かが待っているのだろうか。私の心に残るのは、あの少年の笑顔と、消えてしまった山下さんのことだけだった。—完—
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