
長編
迷い込んだ遭難者
しもやん 3日前
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ながら歩いてみた。針はずっと東を指していた。それでもスリングの地点に戻ってきてしまう。食料が切れてまる一日経つ。もう腹が減って動けない。助けを待ったほうが賢明かもしれない。
10月19日 小雨
寒い。体温がうばわれていく。とにかく寒い。
10月20日 くもり
自分はたぶん、死ぬまでこの山から出られないのだと思う。木々がざわめいたとき、確かに聞こえた。何者かの笑い声を。
10月21日 雨
さむい。さむい。さむい。こわい。
日記はここで終わっていた。雨による低体温症が死亡原因のようだった。わたしは手帳を投げ捨てた。風にたなびく木々の隙間から、何者かの笑い声が聞こえたような気がしたのだ。それにさっきまで地形図通りだった尾根が、ちょっと目を離した隙にまるで異なるかたちに変わってしまったようにも思えた。
* * *
警察や消防がきて、あとは行政の仕事になった。われわれは任務を終えて山を下り、公民館でお茶をすすっていたお偉方のありがたい訓示を受けてから敬礼し、解散になった。分団長は手柄を立てられたのでいたくご機嫌で、その日はお偉方だけでコンパニオンを呼んでの呑めや歌えやの大騒ぎをやらかした由。
* * *
その後、知り合いの消防署員に聞いた話では、遭難者はリングワンダリング(=輪形彷徨:方向感覚を失って一定の範囲内をぐるぐるさまよう現象)による道迷い遭難ということで処理されたらしい。警察としてはそうするよりなかったとは思うのだが、わたしはいまだにどうしても納得できない。
コンパスも地形図もその他ビバーク用アイテムも持っていて、天気図すらラジオから読み取って書けるようなベテランが、ただ東に向かって歩くだけの単純な下山をこなせないわけがない。事実、日記でもコンパスを使って方角を定めた下山を試みている。それでもなぜ降りられなかったのだろうか。
以下に記すのはわたしの推測であって、まったくの私見であるのをあらかじめ断っておく。
山は異界の入り口だとよく言われる。入山してそのまま戻ってこない登山者も毎年いる。彼らは異界とやらに消えてしまったのだろうか。ではその異界というのはいったいなんなのだろうか。
わたし自身よく山に登っているのだが、そんなときふと、歩きなれた道に違和感を覚えることがある。この峠はこんな風景だったろうか。このピークから伸びる尾
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