
『……屠れ、屠れ……』
大学の講義室で、突然耳に響く声が聞こえた。
『前の……屠れ……あいつを……』
声、というよりも、何か不気味な音のようだった。
電波のノイズのように、かすかに歪んでいる。
『……突き刺せ、心臓を……抉り取れ……捧げろ……』
もしこれが声だとしたら、「前の席の友人を屠れ」という指示が繰り返される。
耳を疑い、指を耳の中に入れてみたが、音は変わらず続いた。
帰宅後、ネットで調べてみると、声が聞こえる現象は幻聴と呼ばれ、精神的な病の一部として知られていることが分かった。
昔は「神の声」として扱われたこともあったが、現代では病気の一種とされているらしい。
神の声というには、あまりにも不穏すぎた。
昔の解釈で言えば、悪魔の囁きのように思える。
もしこの症状を放置すれば、すぐにその声が普通のことになってしまうらしい。
普通になってしまった後は、それが幻聴だと認識できなくなる。実際に聞こえていると信じ込むようになり、病気だと言われれば反発してしまう。
何よりも恐ろしいのは、自分が病気だと気づかなくなることだ。
「……お母さん」
「どうした?」
「私、幻聴が聞こえるみたい。」
翌朝、朝食後に友人に告白した。
「耳の調子が悪いんじゃない?」
「ううん、違うと思う。」
「そう。」
友人の反応が冷たく、なんとなく不安が膨らんだ。
「じゃあ、医者に行こうか。」
「本当に信じてくれるの?」
「あなたの冗談としては、あまりにも深刻すぎる。」
不安が少し和らいだ。
「近くに精神科があるから、予約しておくね。今日は授業を休もう。」
「うん、ありがとう。」
「――よく来てくれた。偉いよ。」
精神科の医師は若い男の先生だった。
「幻聴だって?」
「はい。」
「今日、全部話さなくてもいいよ。辛かったら黙っていても構わないから。無理に話そうとしないで、次に来てくれることが一番嬉しいから。」
「分かりました。」
優しい口調の先生に安心感を覚えた。
「友人は一緒にいた方がいい?」
隣に座っている友人に、先生はちらりと目を向けた。
「はい、その方が良いです。」
「じゃあ、友人も一緒に聞いてください。」
「分かりました。」
「ただ、友人は発言しないでください。何か補足しようとか思わないで。」
「そうですか。」
友人は不満そうだったが、何も言い返さなかった。
「じゃあ、その幻聴について、話してくれるかな。」
「えっと、それは……」
後日談:
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