
2年前の冬、私は古い温泉宿でアルバイトを始めた。宿の外観は趣があり、客も多く訪れる繁盛した場所だったが、宿の内部には独特の雰囲気が漂っていた。特に、古い鏡がある部屋には誰も近寄ろうとしなかった。
ある晩、掃除をしているとき、鏡の前でふと足を止めた。鏡の中の自分の顔が、なんだかいつもと違うように感じた。目が異様に大きく映り、何かが私を見つめているような気がした。気のせいかと思い直し、すぐに仕事に戻った。
数日後、顔に小さな傷ができていることに気づいた。最初は小さな赤い点だったが、日に日に広がっていく。その傷はどこでできたのかもわからず、ただ鏡に映る自分を見つめるのが怖くなった。
「大丈夫?顔が変わってきた気がするけど」と、同僚の冴子が心配して声をかけてくれた。
「うん、ちょっと疲れが出てきたのかも……」と誤魔化すが、心の中では不安が高まるばかりだった。傷はどんどん深くなり、時には痛みを伴うこともあった。
ある晩、宿の休憩室でふと、鏡の話を耳にした。前のスタッフがその鏡を見て、精神的におかしくなったという噂があった。彼女は鏡を見た後、何度も叫び声を上げ、最終的には退職を余儀なくされたと。
これはただの噂だと思いたかったが、ある夜、私はついに鏡の裏側を掃除することにした。すると、そこには見たこともない古い新聞が貼り付けられていた。「鏡の中の呪い」と題されたその記事は、過去にその鏡が持ち主を不幸に導いたことを記していた。
不安が募り、急いで大家に相談した。彼は私の顔を見ると驚いた表情を浮かべ、すぐに引っ越すように勧めてきた。理由を詳しく聞く暇もなく、私はその夜、宿を飛び出し、友人の家に逃げ込んだ。寝ることもできないまま、恐怖に駆られた。
後日、大家さんから聞いた話では、鏡の持ち主はその後、精神的に崩壊し、自分の姿を見られなくなったという。鏡は、その人の美しさへの執着が生んだ呪いであり、彼女は自分の顔が変わっていく恐怖に耐えられず、精神を病んでしまったのだ。
それ以来、私は鏡を見ることが怖くなり、あの宿から離れたことに安堵した。しかし、今でも深夜に目が覚めると、あの不気味な視線が背後にあるような気がしてならない。あの鏡に気づいていなければ、私もどうなっていたのか─────
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