
長編
登山者の体験
匿名 2015年1月18日
chat_bubble 1
75,543 views
やはり誰もいないのである。
テントの周囲をくまなく回ってみたが、誰もいない。
生き物らしきものもいない。
片面の岩肌はほぼ絶壁で行き止まり。反対に伸びている路上にも人影はなく、後は見渡すかぎりの草原である。
とても人が隠れるような場所はない。
テント荒らしに来た人間はものすごいスピードで柵を越えて、草原のかなたに走り去ったとでもいうのか。
「おかしいなあ、確かにいたんだがなぁ……?」
それでも、背を伸ばして道の向こう側に暗闇をのぞいているときだった。
A君はいきなり後ろから、ツンツンと右肩をつつかれた。
ハッとして振り向いてから、
「ギャーッ‼」
A君は本当に腰をぬかし、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
テントを張る時には霧のため気づかなかったが、すぐ目の前に張り付くようにして、岩と見まがう小さな遭難碑(慰霊搭)が
建っていたのである。
「こんなところでは、とても夜を明かせない……」
遭難碑の真ん前というとんでもないところにテントを張ってしまい、恐ろしい目にあったA君(サラリーマン、29才)は、大急ぎで荷物をまとめリュックを背負った。
懐中電灯を握りしめ、ポケットのラジオのスイッチを入れると、真夜中の山道を転げるように走り出した。
「坂道を下っていったんですよ。坂を上れば15分ほどで山小屋だったんだけど、荷物背負ってるから下るほうが楽ということもあったし、それにしばらく行けばキャンプ場があって大勢人がいるはずだったんです……」
実はA君の悪夢のような夜は、この後から佳境に入るのである。
懐中電灯を消せば、それこそ一寸先は闇である。
あたりは人気のない高原とあって、シーンと静まり返っていた。
虫の音さえ聞こえない。
A君は思わずラジオのボリュームを最大に上げた。
その時いったいラジオから何が流れていたのか、とにかく大パニックに陥っていたA君は、まるっきり覚えていない。
ただ自分が手に持って照らしている、5メートルほど先の懐中電灯の丸い光りを頼りに、ひたすら走り続けた。
ところがである。
5分ほど走っただろうか。
プツッ……電池を換えたばかりのはずなのに、あっけない音を残して、勇気の源だったラジオが突然聞こえなくなったのだ。
ラジオが消えたとたんに不気味静けさが広がった。
「マジかよ……」
と思うと、新しい恐怖が頭をもたげてきて、だらだらと脂汗が出てきたという。
「ほんとバカみたいなんだけど、仕方ないから俺、
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(1件)
- どこの山? 鹿児島のS山で似た体験をしました霊子