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父を帰す方法
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父を帰す方法

14時間前
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父には放浪癖があった。

蒸発というほど大げさではない。ある日ふっといなくなり、数日、長いときは一週間ほど帰らない。それだけだ。財布も通帳も持ったまま、仕事も放り出し、行き先も告げずに消える。

警察に届けるほどでもないと、母は言った。「そのうち戻るから」。だが、その「そのうち」が読めない。

父がいなくなるたび、母は決まって近所の神社へ行った。石段を上り、拝殿の手前に並ぶ狛犬のうち、右側の口を開けたほう。その首に、父の草履を結びつける。

古びた藁草履だ。鼻緒は擦り切れ、踵はすり減っている。それを、麻紐で固く縛る。

「これで帰るわ」

母はそう言った。祈るでもなく、願うでもなく、ただ結びつける。

不思議なことに、父は必ず帰ってきた。三日後だったり、翌朝だったりするが、例外はなかった。何事もなかったように玄関を開け、「腹減った」と言う。

帰ってきたら、母はまた神社へ行く。今度は草履を外しに行くのだ。

「何回も世話になったわ」

父の葬式のとき、母は笑いながらそう言った。冗談めかしていたが、目は笑っていなかった。

父が死んでからも、母は月に一度、神社へ通った。草履は持っていかない。ただ、狛犬の首元をじっと見つめる。

ある日、母が倒れた。軽い脳梗塞だった。命に別状はなかったが、しばらく入院することになった。

退院の前日、病室で母が言った。

「草履、外しといて」

意味がわからなかった。父はもう死んでいる。草履も、あの葬式の日に焼いたはずだ。

「何のこと?」

「右のほう。きつく縛りすぎたから」

それ以上は聞けなかった。母は眠ってしまった。

翌朝、退院前に神社へ寄った。念のためだ。狛犬の首には何もない。縄の跡もない。いつも通りの石の質感だ。

だが、触れた瞬間、指にざらりとした感触が残った。石ではない。繊維のようなものが、爪の間にひっかかった。

よく見ると、狛犬の首のくびれに、擦れた跡がある。長いあいだ何かを巻いていたような、浅い溝だ。

誰が。

いつから。

その夜、父の夢を見た。玄関の外に立っている。背中を向け、どこかへ行こうとしている。足元は裸足だ。

「待てよ」

声をかけると、振り向かないまま言った。

「外してくれたか」

目が覚めると、玄関のたたきに、見覚えのない藁屑が落ちていた。

母はその後、神社へ行かなくなった。何も言わない。ただ、時々、家の中を見回す。

まるで、誰かがまだ戻ってきていないみたいに。

私は一度だけ、確かめたくなった。古道具屋で似たような草履を買い、夜の神社へ持っていった。

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