
中編
空き家となったその部屋には
匿名 2日前
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昔、俺が子供向け教材の訪問販売をしていた時の話。
毎日与えられた地図に載った家を、一軒も欠かさずピンポンを押して回り、子供がいる場合は教材を売りつけるのが仕事だった。
今から20年前の話だけど、そうです、超ブラック企業です。
で、たまに配られた地図に団地が入ってることがあって。
団地は階段の上り下りがきつい代わりに移動距離が少なくて済むので、個人的には嫌いじゃなかった。
その日も数棟から成る団地群を一戸一戸訪問して回っていた。
自分の中で団地を回る時のルールがあった。
まず階段で最上階まで上がる。
団地は大体各フロア左右に一部屋ずつの普請なので、右、左、という順番でピンポンを押して下りていく。
その日の団地は5階建てだった。
マイルールに従って、まず5階まで上がり、右の部屋、左の部屋、終わったら一つ下りて4階の右の部屋、左の部屋、その次は3階の右の部屋、左の部屋・・そんな風に一軒ずつ訪問していた。
そして1階まで下りてきたとき、通常なら右の部屋からピンポンを押すはずなのだが、なぜかこの時、不意に「左から行こう」と思い立った。なぜかは分からない。本当に単なる気まぐれだった。
左の部屋のピンポンを押すと、中年の女性が顔を出した。
訪問理由を告げると、「うちには子供はいないから要らない」とのこと。
そうですか、と帰ろうと思ったが、次に訪問する右の部屋から子供の足音らしき物音が聞こえていたので、せっかくだから情報収集をしていこうと思い立った。
「ちなみに、お向かいさんは何歳ぐらいのお子さんがいらっしゃるんでしょうか?」
俺の質問に、その女性は表情を曇らせた。
まずい質問だったかな、こういった個人情報は簡単に口にしたがらない人も多い。
だが意外なことに、その女性はこう言ったのだ。
「向かいは、空き家ですよ」
「え? そうですか。子供の足音みたいな音が聞こえたので・・気のせいでしたか」
「・・・・あなた、聞こえたの?」
その女性は声を潜めて言った。
「実はついこの間、お向かいさん、一家心中しちゃったんです」
俺は言葉に詰まった。女性は続けた。
「でも私も、たまにまだあの子の足音が聞こえるんです・・。だから、申し訳ないけどちょっと気味が悪くて、ここ、引っ越そうかと思っていたところで・・」
俺は御礼を言って早々にその団地を退散した。
あの時マイルールに従って右の部屋のピンポンを押していたら、もしかしたら
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- ちゃんとお金払ってくれる幽霊の話は聞いたことないなぁ。 (代わりに遺族の方が払うってのは聞くけど)い
- 幽霊にでも売りつけるようになんないと個人相手の営業は大成しないぞ 団地は楽だが、二階建アパートぐらいの方が教材みたいなもんはよく売れるんだよな昔は そっちのほうが金なさそうだけど 住民票閲覧が自由にできた遠い昔を思い出した、関係ないこと御免