
長編
数える
めぐりん 2017年7月1日
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眠れない、、、、
その原因は、夏の暑さと昼間聞いた怪談話だった。
「うちの職場、出るらしいよ〜www」
張り切った様子でパートのおばちゃんが話してくる。
「えー?やめてくださいよー何処かで何かを見たんですか?」
日差しの強い猛暑の昼間、タオルで汗を拭いながら答える。
ひと仕事終えて、おばちゃんとビルのテラスで一服をしていた。
正直興味は無かったが、私も暇だったので話題提供は有り難く応じる事にした。
ビルの清掃員の仕事を始めてから、このおばちゃんが相方になる事が多い。
現場によっては作業が早く終わり、時間調整と言う名の暇潰しが行われる。
おばちゃんとも既に何度も現場が被っていて、話のネタも尽きてきた頃だった。
「このビルにいる“何か”が何らかのかたちで数字を伝えてくるんだって。10まで数えられるとそれを聞いた人はいなくなるんだって。
それは様々な方法で数を伝えて来て、人の声だったり物音の回数だったり、眼に見える数字とか。
ごく自然に、でも確実に意識できる様に数字を伝えて来るらしいよ。」
おばちゃんは急に声のトーンを落とし、雰囲気を演出しながら話してきた。
何かの何らかのって、、、、
真相を知った人がいないが故、曖昧な表現になる。
良く有りがちな人が消えると言う、怪談というか都市伝説に近い内容だなと、暑さに働かない頭で考えていた。
おばちゃんは更に続ける。
「それでね、これを聞いた人はその日中に数字を伝えられて、10まで行くと、、、、ぷっ、あはははっ!
ごめんねーこの話は昨日、このビルの5階のオフィスのOLさん達が話してるのを聞いたの。
4人ともガクブルしちゃって、私3て聞いちゃったーとか顔真っ青にしちゃってwww
あー因みに助かる方法は、次の、、」
コンコン!
ビクッとして振り返るとテラスの内側から、怖い顔をしたスーツ姿の男がガラス張りの部分をノックしていた。
私はおばちゃんに耳打ちした。
「やばい、本社の人来ちゃった!行きましょう。」
時々抜き打ちで来る、清掃会社の本社の人間に見つかってしまった。
私とおばちゃんは慌てて作業に取り掛かる。
とは言っても後片付けしか仕事は残っていない。
適当に業務に取り組んでいる様子をアピールしつつ、何とか本社の人をやり過ごす事が出来た。
「伊藤さん、あと1時間有りますけど、ちゃちゃっと片して上がっちゃいましょう!」
おばちゃんの名前を呼び、彼女に向き直る。
返事はなかった。
彼女は明後日の方向、虚空をぼんやりと見上げながらヨタヨタとビルの中へ歩いて行った。
あれ、、、、?何処行くんだろ。
私はかなり不審に思いつつも、仕事ももう殆ど終わっているし、おばちゃんも疲れているのかなと勝手に納得をした。
ビルの一部は補修工事を行っていて、カンカンカンカン、、、、というけたたましい音が響いていた。
残りの仕事を直ぐに終わらせて、少し早い退社をし、ゆっくりと帰路を歩く。
携帯のバイブに気付く。
電話に出ると、本社の人からだった。
「今日君と一緒にシフトに入っていた伊藤さんなんだけど、連絡つかなくてね。
いつもは電話に出ない事がないから、何かあったのかと思ってね。
それと明日伊藤さんの代わりにシフトに入れないかな?」
やはり最後のおばちゃんとのやり取りが気掛かりでならなかったが、何ら確証を得る考えには至っていなかった。
「私にはわからないですね。
明日はシフトには出れます。
現場はいつものところで大丈夫ですね?
はい、はい、宜しくお願いします。」
明日は予定が無かったため、仕事を入れる事にした。
何より伊藤さんの代わりという事で、快く依頼を引き受け電話を切った。
自宅に着きシャワーを浴びながら考えていた。
もしかして、、、、
おばちゃんの例の話は本当に起こっていたのではないだろいか。
ずっと気になって居るのは、数字の認識が10に達した時に何かが起こるということ。
そして、おばさんが言いかけた助かる方法。
頭の中は疑問符で一杯だったが、何かヒントや法則が存在しているような気がしていた。
「、、、ポン、ピンポーン、、」
浴室から微かにインターフォンの音が聞こえる。
郵便かな?と思い、急いで着替えて玄関に出る。
その間インターフォンは浴室から聴こえたのを含めて5回鳴っていた。
今迄こんなにしつこくインターフォンを何回も押す来訪者はいなかった。
ドアを開けると、やはり郵便だった。
実家から果物が届いた。
実家へ電話をしたり、適当に夕食を済ませたりしていると、いつの間にか夜も深い時間になってしまった。
明日も早いため、そそくさと床に就き眠る事にした。
眠れない、、、、
その原因は、夏の暑さと昼間聞いた怪談話だった。
エアコンをかけた寝室で毛布に包まる。
ふと気になって仕方なくなり、おばちゃんへ連絡をする衝動に駆られた。
こんな時間だし、大丈夫かなと思いながらも昼間の事が脳裏にこびりついて離れないため、図々しくも電話をして見る事にした。
プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、ブチップーップーップーップー
4コールで切れた。
その後3回掛けたが出なかった。
4コール、、、、
バチッ、バキ!
ラップ音の様な音にビクッとした瞬間、はっとした。
根拠に乏しいが、確信めいたものが自分の中に芽生えていった。
「 1 」
私は辱めもなくその数字を明瞭な発声で口にした。
昼間の出来事を振り返ると、
このビルの5階のオフィスの、、5
4人ともガクブルしちゃって、、4
私3て聞いちゃったーとか、、3
コンコン!、、2
あと1時間有りますけど、、1
おばちゃんの認識は間違っていて、10まで数えるのではなく、10から0まで数字は減っていくのだ。
1を聞いたのおばちゃんの反応は確かに異様であった。
そして導き出される助かる方法。
あー因みに助かる方法は、次の、、
次の数字を口に出して言う。
5回のインターフォン、4回のコール、3回掛けた、2回のラップ音。
則ち次の数字は “ 1 ” だ。
この考え方が正しいのかは分からない。
そもそも話自体出鱈目で、ただ自分が右往左往、一喜一憂しているだけなのかも知れない。
しかし、幸い私はまだ生きて存在が出来ている。
おばちゃんはあの後警察に捜索願が出され、未だに見つかっていない。
こういった事実が私の中で、この先も様々な憶測と、拭い去れない不安を抱えて生きてかなければならない事を物語っていた。
もう1つの事実。
私が「 1 」と口にした後暗闇の部屋の中、静まり返った夜の中、小さく、本当に小さくだが、確実に
「チッ!」
と舌打ちが聴こえたのは忘れられない。
後日談:
- そのビルは今でも、都内のオフィス街にひっそりと存在しています。
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