
俺は鈴木直樹、重病患者だ。病院のベッドで目を覚ますと、周囲は静まり返り、恐ろしい孤独に包まれていた。治療の甲斐もなく、余命宣告を受けたばかりだ。
『鈴木さん、面会に来ました』
看護師が言った。俺は思わず身を硬くした。まさか、もう終わりなのか?
『お会いできて光栄です。私は命の商人です。あなたの命を売ってください』
その男は黒いスーツをまとい、笑顔を浮かべていた。薄暗い病室の中で、まるで影のように存在感があった。
『俺には命を売れる余裕なんてない』
死が近づいているのを知っているからだ。
『だからこそ、売って欲しいのです』
男は名刺を差し出した。そこには『命の商人 黒井武士』と書かれていた。
『命の商人って何だ?』
『命を売るのが仕事です。あなたがまだ生きている間に取引をすれば、あなたの命を他の人に渡せます』
俺は考え込んだ。理屈としては通るが、こんな話は信じられない。
『でも、契約を結んでも死ぬまで生き残ったらどうなる?』
その時、男はにやりと笑った。
『それが面白いところです。あなたの命を別の人に譲ることで、無駄に使われた命を回収することができます』
俺は思わず笑い出した。『命を売って延命するって、無茶苦茶じゃねえか?』
『ですが、命を買う者にとっては重要な投資です。例えば、300万円の治療を受けた場合、その命が延びれば、医療費は回収できるのです』
彼の言葉は、まるでビジネスのようだった。
『で、俺が命を売ったら、何を得られるんだ?』
俺にはもう金も意味がなかった。
『あなたには、最後の瞬間を生きるための思い出を差し上げます』
『思い出?』
俺は戸惑った。男の言葉には、どこか恐ろしい魅力があった。
『生きるための最後の走馬灯を体験できるのです』
その瞬間、俺は彼が本当に何を提案しているのか、少しずつ理解し始めた。自分の命を売ることで、死を迎える直前の記憶を売り渡すことになるのか。
『それは、あまりにも恐ろしい取引だ』と心の中で呟いた。だが、選択の余地はなかった。彼の目は、まるで死を誘うように光っていた。
『さあ、どうしますか?』男は微笑みながら、待っていた。
暗い病室の中で、俺は自分の運命を思い知らされた。命を売ることで、果たしてどれほどの価値があるのだろうか。もう戻ることはできないのかもしれない。
その瞬間、俺は彼の提案を受け入れることにした。
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