
中編
エレベーターの窓に映る階
こわがりナイト 4週間前
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私は地方都市Fに住んでいます。
ある日、会社から突然O支店への長期出張を命じられました。
期間は1ヶ月。人数合わせの応援という、よくある話です。
O支店は市の北部にある古い自社ビルでした。
1階は駐車場、2階が事務所。そこから上の3階~7階は賃貸マンションになっています。
会社の所有している空室がいくつかあり、私はその中のひとつ――5階の部屋をあてがわれました。
仕事場と寝床が同じ建物というのは便利なようで、妙に気が滅入ります。
夜になれば、同じ建物の中を「帰る」だけ。
どこかに切り替えができないのです。
その夜も、近くのスーパーに買い出しに出た帰りでした。
通りには誰もいません。季節外れの湿った風が吹き抜け、外階段の金属がギシ、と鳴りました。
マンション専用の小さな玄関を入ると、すぐに郵便ポストが並んでいて、数歩進むとエレベーターホール。
古い蛍光灯が白く唸っていました。
私は中に入り、「5」と刻まれたボタンを押します。
ドアが閉まり、鈍い音を立てて上昇が始まりました。
狭い窓からフロアが過ぎていくのが見えます。
2階、3階……暗い。
4階のところで、一瞬だけ人影が見えました。
スーツ姿の男が、ドアの前でじっと立っていたのです。
蛍光灯が切れているのか、そのフロアだけ真っ暗。
だからこそ、黒いシルエットがくっきり浮かび上がっていました。
男は右肩を少し落とし、右手をポケットに入れたまま動かない。
まるで影絵のように静止していました。
エレベーターはそのまま上昇を続け、明るい5階で止まりました。
私は降り、正面の502号室の前に立ちました。
鍵を探そうとして、ふと考えます。
今、通り過ぎた階。
暗いフロアを含めて三つ見た。
けれど、2階は会社の事務所で、エレベーターは止まらない構造のはず。
窓の外に見えたあの階――あれはいったいどこだったのか。
おかしい。
心の中でそうつぶやきながら、鍵を取り出そうとした瞬間、
背筋が冷たくなりました。
――さっきの影の姿勢。
右肩を落とし、右手をポケットに入れたまま立ち尽くす、その姿。
今の私とまったく同じ格好でした。
ぞわりと鳥肌が立ち、動けなくなりました。
エレベーターの方から、何かの「視線」を感じます。
確かに、さっき降りたばかり。
中には誰もいないはず。
けれど、ドアの向こうで、誰かがこちらを見ている――そんな確信がありました。
私は振り向けませんでした。
そっと鍵を差し込み、扉を開け、中へ入る。
後ろ手で静かに閉め、鍵を回しました。
部屋の中は、出る前と同じ。
無音のワンルーム。
耳鳴りのような静けさが、壁の向こうから染みてくる。
あの人影は何だったのか。
あの暗い階は、いったいどこだったのか。
出張が終わり、自宅マンションに戻った今も、
私はエレベーターに乗るたびに、
窓から見える階を無意識に数えてしまいます。
――時々、ひとつ多い気がするのです。
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