
太平洋高気圧に覆われ、連日のように真夏のような猛烈な暑さと痛いほどの晴天が続いていた、6月下旬の夕暮れ時のことだ。
部活の片付けを終えた私は、校舎内にこもった容赦ない熱気の中、すでに誰もいなくなった薄暗い旧校舎の階段の踊り場を、一人で下りていた。窓の外からは、夕方になっても一向に衰えない蝉時雨とチリチリとした西日が差し込み、不快な暑さだけが満ちていた。
その踊り場の隅に置かれている、古びた「防火管理用の大型消火器」の横を通り過ぎようとした、まさにその瞬間だった。
ピカピカに磨かれた消火器の赤い円柱状の金属表面に、自分の姿が不自然に変形して写り込んでいるのが目に入った。
鏡のように写る消火器の中の私の肉体は、まるで雑巾のようにぐにゃぐにゃに右方向にねじ曲がっており、首があり得ない角度で真後ろへと反転していた。
歪んだ金属の映り込みだろうと思い、自分の実際の身体を確認したが、どこも痛まないし何ともない。しかし、消火器の中の「ねじ曲がった私」の顔が、ニヤリと不敵に嗤った瞬間だった。
バキバキバキッ!!!
静まり返った踊り場に、凄まじい骨折音が響き渡った。
消火器の映像と完全にシンクロするように、私の実際の身体の関節が、目に見えない力で強制的に右方向へとねじ曲げられ始めたのだ。
猛暑の中だというのに、肉体が内側から凍りつきながら引きちぎられるような激烈な痛みに襲われ、私はその場にまともに立つこともできず、激しく崩れ落ちた。
これまで数々の異常事態を潜り抜けてきた経験から、脳裏に最悪のルールが弾け飛んだ。
激痛に耐えかねて目を閉じたり、消火器の赤い表面から視線を外して逃げようとしては絶対にダメだ。
もし視線を外した瞬間、消火器の中の映像通りに実際の首が完全にねじ切られ、その場で即死する。
骨が砕けるような痛みに耐えながら、この呪縛を解除する唯一の脱出ルール。
それは、【自分の両手のひらで、その消火器の赤い金属部分を『強く2回、叩きつけるように叩く』と同時に、自分の口から『そのままの形でいろ』と大声で命令する】ことだけだった。
物理的な強い振動を与えて世界の認識を狂わせ、こちらが主権を握って怪異側の歪んだ反転映像を強制固定するしかなかった。
「そのままの形で……いろッ!!」
私は激痛で白濁しかける意識を必死に繋ぎ止め、熱気のこもった床を這うようにして消火器へ手を伸ばした。
後日談:
- 私は冷や汗でずぶ濡れになったまま、夕方の熱気が残る踊り場の床にへたり込み、激しく荒い呼吸を繰り返していた。 目の前の消火器は、ただの古びた赤い消火器としてそこに静かに佇んでいるだけだった。 【鏡ではなく、校舎の隅にある赤い金属の光沢を利用し、そこに写した対象の肉体を強制的にシンクロさせて破壊しようとする、前例のない悪質な呪い】だった。 だけど、あれは絶対にただの熱中症や立ちくらみなんかじゃない。 なぜなら、あの怪談があってから大学1年になった今でも、私は【真夏の猛暑の日に、街中や駅のホーム、あるいはビルの中に置かれている赤い消火器を見かけたり、その表面に自分の姿がほんの少しでも写り込むだけで、あの関節がねじ切れるような激痛がフラッシュバックし、全身の血の気が引いて硬直してしまう】んだ。 特に6月になると、あの日冷たい消火器を必死に叩いた両手のひらがジンジンと熱を持ち始め、冷や汗が止らなくなる。 あの学校の怪談は、真夏の太陽が照りつける日常の影で、溶け込んでいる赤い消火器さえも最悪の凶器に変えて、私を抹殺するための罠を仕掛けた。 次は7月だ。
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