
長編
井戸の中
匿名 2024年4月25日
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猫なのだろう。首輪もしていない。
放心した頭でそんな事を考えていると——気付けば俺は、右手に持った石を何度も大きく振り上げていた。
右手に伝わる、鈍い衝撃。その何度目かで、ハッと我に返った俺は、足元に横たわる黒猫に視線を落とした。
───!!!
ピクピクと手足を痙攣させながら、顔面から大量の血を流し続ける猫。その姿は、もはや原形すらとどめていない。
「っ……ごめんっ。……ごめん、なさい……っ」
涙を流して謝りながらも、震える指先でそっと猫の身体に触れてみる。その指先から伝わる体温はとても温かく、けれど鼓動を感じる事はできなかった。
(……っ! どう、しよう……どうしよう……っ)
自分のしでかした事態に恐怖すると、俺はガタガタと震え始めた身体でそっと猫を抱えた。
(っ……か、隠さなきゃ……。でも……どこに……? ……あっ!)
井戸の中で消えた靴のことを思い出すと、そのまま猫を抱えて歩き始める。
(もしかしたら——)
そんな思いを胸に井戸の前までやってくると、俺はコクリと小さく息を飲んだ。
抱えていた猫を井戸の上で持ち上げると、ギュッと固く瞼を閉じてその手を離す。
閉ざされた視界の中で、恐怖に震えながらも聞こえてくるはずの音にだけ集中する。けれど、いつまで経っても聞こえてこないその音に、俺はゆっくりと瞼を開くと恐る恐る井戸の中を覗いてみた。
「……猫が……いな、い」
確かに井戸の中へと投げ捨てたはずの猫の死体。
それは、やはり先程の靴と同様に、井戸の中で忽然《こつぜん》と姿を消したのだった。
◆◆◆
——翌日。
いつものように学校へと登校した俺は、誰も教室にいない時間帯を見計らうと、智が大事にしているペンケースをコッソリと盗んだ。
智が筆箱代わりに使っている、この少し変わった型のポーチ。海外旅行に行った親戚からのお土産だとかで、そんな話しを教室で自慢気にしていた智を思い出す。
俺は手元のポーチを宙にかざすと、パッと手を離して井戸の中へと落とした。
ポーチの行方を目で追って見ていると、それは井戸の底へと着く瞬間、まるで何かに吸い込まれるようにして忽然と姿を消した。
「……ざまぁみろ」
何とも不可解なその現象を不思議に思いながらも、爽快感からフッと鼻から息を漏らしてほくそ笑む。
「——おいっ!! 公平っ!!
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