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短編
足元に映るもの
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足元に映るもの

1週間前
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深夜一時過ぎ、俺は終電を逃し、人気のない住宅地を歩いていた。

駅から自宅まで最短で抜けられる近道は、小さな川沿いの遊歩道だ。街灯は等間隔にあるが、木が多く、光は途切れがちになる。その日も、靴音と水の流れる音だけがやけに大きく感じられた。

途中、前方に人影が見えた。

ベンチのそばに、誰かがうずくまっている。近づくと、若い女だった。コートも着ず、薄着のまま膝を抱えている。具合が悪いのかと思い、声をかけた。

「大丈夫ですか」

女は顔を上げず、首を横に振っただけだった。泣いているようにも見えた。無視して通り過ぎるのも後味が悪く、少し離れた場所で一一〇番に電話をかけた。

通話を終えて戻ると、女は立ち上がっていた。顔色は白く、視線が定まらない。

「どうしたんですか」と聞くと、女はかすれた声で言った。

「……落としたんです」

何を、と聞き返す前に、彼女は同じ言葉を繰り返し始めた。

「落とした……落とした……」

その言い方が異様で、俺は思わず周囲を見回した。足元には何もない。川にも、遊歩道にも、異変は見当たらなかった。

ほどなくパトカーが到着し、警官が二人降りてきた。事情を説明し、女にも話を聞こうとしたが、彼女は「ここにあった」としか言わない。警官と一緒に周囲を確認したが、やはり何も見つからなかった。

一人の警官が無線で連絡を取っている最中、女が突然、川沿いに設置された案内板を見つめて固まった。

次の瞬間、短い悲鳴を上げて、その場にしゃがみ込んだ。

案内板はガラス張りで、夜道では簡易的な鏡のようになる。反射した向こう側に、俺たち三人の姿が映っていた。

そして、その足元。

案内板の縁に、子供が立っていた。

三歳か四歳くらい。手すりに掴まるでもなく、川の方を向いて、こちらを振り返っている。表情は読み取れず、ただ、そこにいる。

俺と警官は同時に振り向いた。

誰もいなかった。

もう一度案内板を見ると、そこには俺と警官と女だけが映っていた。

女は声を失い、そのまま動かなくなった。救急車が呼ばれ、彼女は運ばれていった。

帰り際、警官は俺に言った。

「今夜のことは、忘れたほうがいい」

その声は、説得というより、願いに近かった。

それ以来、夜道のガラスや看板に自分の姿が映ると、どうしても足元を確認してしまう。

落としたものが、本当にそこにないのかどうかを。

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