
長編
他人の時間
匿名 2015年9月6日
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これは友人の忍田ミレンさん(仮名)の話です。
語り口調でお話投稿します。
その夜の夢は、いつになく、すごくリアルでしたでした。
私は郷里の駅から実家までの道を、急いで歩いていました。
何故、3年前に離れた、郷里の実家の夢を見たのか分かりません。
家出同然に実家を飛び出した私は、
上京して、文房具を扱う会社のOLをしています。
以来、実家には帰っていませんでした。
だから、なつかしくて、こんな夢を見たのかもしれません。しかも、夢の中で、私は夢を見ているのだ、と気づいていました。
「ああ、昔と違って、駅がきれいに改装されたな」
と駅の様子を見て、思ったりしました。
乗った電車は終電でした。
酔っぱらいや残業帰りのサラリーマンたちと、電車を降り、タクシーの列に並びました。でも、たまたま列の最後になってしまい、タクシーは待っても来なかったのです。
ついに時刻は、午前1時になってしまいました。
夢は、そんな状況から始まりました。
実家までは、駅から20分の距離です。
学生のときは自転車で通った慣れた道です。
私は、仕方なく徒歩で帰ることにしました。
途中の道は、住宅地のあいだに造成地や畑のある、少し寂しく暗い道でした。
もちろん、誰ひとり、通っている人も車もありません。
舗装道路を歩く私のパンプスの音だけが響きます。
なんて、リアルな夢かしら。
私は街灯に浮かんだ静かな夜の町並みを見ながら、やっぱりそう思っていました。
5分ほど歩いたころでしょうか。
私は、後をひたひたとつけてくる、もうひとつの足音を聞いて、恐怖が走りました。
これは夢だとわかっているのに、この緊張感は何なのでしょう。
足音が、明らかに私に気づかれないように、忍び足であること、徐々に距離を縮めてきていることで、悪意を感じました。
途中のカーブミラーで見ると、あとをつけているのは、ジーパンに白いTシャツの、若くうらぶれた感じの男でした。
手に、白く光るものを握っていました。
ナイフでした。
私は、夢を見ていることも忘れて、恐怖で凍りつきました。
私は、わざと、後ろの男に気づかないふりをしました。
そのまま、どこかの家に助けを求めようかと思いました。
しかし、周辺の家はもうすっかり明かりも消え、寝静まっているようです。
門のチャイムを鳴らしているあいだに男が襲いかかってきたら、おしまいです。
しだいに、足早になりました。
足がもつれてきました。
息苦しく、心臓の音が耳の奥で鳴り響いていました。
後ろの男は、私が振り切ろうとしているのに気づいて、しだいに距離を縮めてきました。
私は、ついに、走りだしました。
後ろを見ると、男は20メートルほどの後ろに迫ってきていました。
手に握っているナイフの鋭い先が、はっきりと見てとれました。
パンプスが片方脱げ、転びそうになったので、裸足になりました。
男は、どんどん私に近づいてきました。
男の荒い息づかいが聞こえました。
無我夢中でした。実家は、あと2分もかかりません。走って逃げきれるかもしれません。
足の裏が、砂利で痛みを感じましたが、かまっていられません。
実家の前の街灯が見えてきました。
もうあと数歩走れば、門内に転がり込むことが出来ます。
「助かった!」
そう思った瞬間、男の「があーっ!」
という、獣のような叫びとともに、肩をつかまれました。
私は、悲鳴をあげました。
鋭い痛みが背中に走りました。
男の顔が眼前にありました。
無表情でした。
細面の神経質そうな頬に、笑みさえ浮かべていました。
男の白いTシャツに私の血が飛び散りました。
男はつぎつぎに、私の腹を裂くようにナイフを立て、胸をえぐりました。
「ああ、私は死ぬんだ……」
そう思った瞬間、目が覚めました。
いつもと変わりない、アパートの一室のベッドの上でした。
身体じゅう汗まみれで、全身が震えていました。
「そうか、あれは夢だったんだわ」
私は、改めて思い出して、大きく息をしました。
まだ心臓がどきどきしています。
ひどい悪夢でした。
時計を見ると、午前1時です。
仕事で疲れていたのでしょう。
私はパジャマを着替え、ミネラルウォーターを飲んで、ふたたびベッドに入りました。
それからは夢も見ず、ぐっすりと朝まで眠りました。
目覚まし時計のベルが鳴って、目を覚まして、いつものようにテレビのスイッチをつけました。
すると、おかしなことに気づきました。
目覚まし時計が、20分も遅れていたのです。これでは、会社に遅刻です。
おかしなことに、部屋の掛け時計まで、20分遅れていたのです。
私は慌てて、会社に行く準備をしました。
腕時計を見ました。
これも、20分遅れ。
テレビがニュースを報じていました。
「昨夜午前1時20分ころ、S市の会社員、星野加奈子さんが、駅から帰宅途中、路上でナイフでメッタ刺しにされ、死亡しました。犯人は近所に住む無職………」
驚いたことに、場所は私の実家のすぐそばでした。
見慣れた近所の風景が、テレビに映し出されました。星野?そういえば、同じ町内にそんな人がいたのを思い出しました。
私は、驚いて実家の母に電話をしました。
やはり、事件は実家の前の路上で起こったのです。被害者の悲鳴を聞いて110番通報したのは、母だったそうです。
母に電話している最中、自分の足の裏が傷だらけで、血が滲んでいるのに気づきました。被害者の行動と、殺された状況は、私の悪夢と酷似していました。
時計が遅れた20分間、私はなぜか、星野加奈子という人の時間を生きていたようでした。
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