
母の兄である伯父は亡くなる少し前、記憶喪失になってしまった。
七月のその日の朝、伯父は家族に墓参りに行くと言って自転車で出発した。自宅から菩提寺(ぼだいじ)まで二十分の距離で昼には帰ってくる予定だった。
でも伯父は夜になっても帰ってはこなかった。
家族は勿論心配して探した。警察に頼もうかと話し合っていたところ、地元の病院から電話がかかってきた。
伯父は怪我をしてその病院に運ばれていたのだ。あとから聞いたところ、伯父は菩提寺の近くの坂道で、頭から血を流して倒れていたらしい。乗っていた自転車はグシャグシャになっていた。おそらくひき逃げだろうとのことだった。
幸い伯父の怪我はそれほど深くはなく、すぐに意識を取り戻した。ただ、伯父はその日の記憶を何も覚えてはいなかった。
そしてその日を境に伯父は別人のようになってしまった。社交的で人付き合いを大切にしていた伯父は、人と会うことをやめてしまった。引きこもりがちになってしまった伯父を母や親族は心配した。
祖父のようになるのではないかと。
母の父である祖父も実は伯父と同じように記憶喪失になっていたのだ。しかも原因はやはり事故にあったことだった。祖父の時も事故を目撃した人はいなかった。伯父と同じく倒れていたところを発見した人が通報したのだ。祖父は徒歩だったけれど、倒れていた状況からひき逃げだと思われた。そして伯父同様に意識を取り戻した祖父はその日の記憶を喪失しており、引きこもるようになってしまった。
病院の方に訊いたところ、祖父のように記憶喪失になった方の中には引きこもりがちになる患者さんがいるらしかった。家族は徐々に良くなってくるだろうと楽観的に考えていた。だからある日の夜、祖父が行方不明になった時は大変な騒ぎになったらしい。
そして祖父はその日の夜、鉄道自殺をしてしまった。
まだ五十二歳という若さだった。母は学生で勿論私が生まれる前の話だ。
その祖父の件があったので親族はみんな伯父を心配した。そして田舎だったこともあり、本家からは自宅軟禁をするようにと言われたらしい。二度も身内から自殺者を出すのは許されないことだったそうだ。
でも、結局のところ伯父も自殺をしてしまった。ただ、伯父は鉄道自殺ではなく自宅で薬物を飲んだのが原因だった。この伯父の自殺は親族全員で必死に隠したらしい。その為、葬儀も身内だけでおこない、伯父の話は長いこと親族の間でもタブーとされた。近所の人も察して何も訊いてはこなかった。
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