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中編

「死」の概念

(;¬_¬) 4日前
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「死」とは客観的な概念である。 なぜなら、死んだ本人は死んだことに気づかないからである。 死んだ人間を周りの人間が「死んだ」と認識することで初めて「死」が成立するのである。 例えば、「小学生の女の子が学校で先生に褒められ、これを早く母親に伝えたいと思い、走って家に帰る途中、車にひかれて死んだ」としよう。 このとき、女の子は不幸だろうか? 私は、そうは思わない。 なぜなら、女の子は自分が死んでいることに気づいておらず、先生に褒められ「うれしい」という気持ちの中、人生を終えることができたからである。 一方、不幸なのは母親である。 自分の娘の「死」を認識し、受け入れなければならないからである。 多くの人は女の子の将来性を含めて、「女の子がかわいそう」とかいうが、その子が幸せになるという保証はない。 また、長く生きることが幸せとも限らない。 私の趣味は銭湯に行ってサウナに入ることである。 しかし、サウナの中では毎回同じメンツのクソジジイ共が 「ああ、死にたい」 とか言っている。 彼らは、「死」というものを他人に甘えるための道具として使っているのだ。 本当は、定年退職し、暇だから、他人に優しくしてもらいたいために「死」を利用しているのだ。 私は、たとえ長く生きたとしても「死」をこのように軽く使いたくはない。 せっかく親から与えられた「生」なのだから。 では、どうすれば「満足できる人生」を送ることができるのだろうか。 私は、「人のために生きること」と解する。 自分の人生とは、「ジグソーパズルのワンピース」である。 他人があって初めて自分が存在する。 色々な人の人生がそれぞれワンピースとして存在し、それらが結合し、残された最後の枠に入るのが自分の人生である。 愛されている人は、愛してくれる人を喜ばせようと一生懸命生きる。 そして、結果を出し、愛してくれる人(周りのワンピース達)を喜ばせる。 他人のために生きる人生を選択すれば「満足できる人生」を送ることができるだろう。 そう、小学生の女の子のように。   完 *「私」が実際に体験した「本当にあった怖い話」シリーズ ① スーパー銭湯 ② 扇風機おじさん ③ 喪黒兄 ④ 「死」の概念 ⑤ 自転車チャンピオン ⑥ スネオ系男子 ⑦ ケンシロウ

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  • めっちゃ深いこと書いてるな…そこまで考えられるって凄いと思います。僕だったら可哀想で終わると思うから。
    ユリ
  • めっちゃ深いこと書いてるな…そこまで考えられるって凄いと思います。僕だったら可哀想で終わると思うから。
    ユリ
  • 突然轢かれて死んだけど、女の子は嬉しい気持ちで死んだから幸せな気持ちのまま? は!?!?完全にサイコパス思考で(‐д`‐ll)キモス
    はぁ
  • たまには良いこと言うな!けど、他バン行けや!
    環七
  • 深いですねぇ。 でも確かにクラスとかでそういうこと 簡単に言っているけど、僕も言わない ほうが良いと思う。
    ヤズマ
  • 好死は悪活に如かずって諺知ってるか?
    JCJC
  • 駄目━拒否━却下━ヽ(#゚Д゚)ノ━却下━拒否━駄目
    けん
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