
大学院の飲み会で、ふと隣に座った女性が話し出した。「私たちの学校の近くに、昔火事で焼けた工場があるって聞いたことある?」と。その工場は、5年前に火災で全員が亡くなった労働者たちがいた場所だという。「肝試しに行こうよ!」と彼女が提案すると、周りの何人かが乗り気になった。飲み会が終わり、夜が深まる頃、私たちはその廃工場へと向かうことにした。
居酒屋から工場まではすぐだった。しかし、そこに近づくにつれて、なんとも言えない不安が胸に広がった。暗闇に潜む恐怖、かつて人々が命を落とした場所に来ているのだから。工場は火災の影響で、今にも崩れそうな姿で放置されていた。「さあ、行こう」と彼女に促され、私たちは中へ足を踏み入れた。
穴の空いた天井から月の光が差し込むが、全然心を安らげるものではなかった。酔いも覚め、早く帰りたくなってきた。他の仲間たちも同じように感じ始めていた。「実は、ここ私の家だったんだよ」と彼女が言い出し、思わず私は耳を疑った。冗談だろうと顔をしかめると、彼女は笑いながら「まぁ、冗談だけどね」と続けた。帰りたいと言い出す仲間の声で、結局その場は解散することに。あっけない終わり方に、少しほっとした。
……ところで、肝試しを提案した彼女の名前は何だったか? 知っているはずなのに、どうしても思い出せない。今となっては、そんな女性が本当に存在したのかさえも疑わしくなってきた。周囲の仲間に尋ねても、彼女のことなど誰も知らないという。果たして、あの女性は実在したのだろうか…。
それが私の心をざわつかせる唯一の真実だった。
あの夜の工場は、今も静かに、何かを待っているかのように佇んでいる。
その中で、誰かが私のことを忘れないように、私を見ているのかもしれない。
次に、誰がその場所を訪れるのか。 何も知らないまま、彼女の名前を探し続けるのだろう。
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