
島に渡ったのは、取材の仕事だった。人口は千人に満たない。船は一日二便。風が強いと欠航する。そういう場所だと、文章で読んだら「静か」「素朴」と書ける。でも実際は、静かだからこそ目立つし、素朴だからこそ従わせる力が強い。
私は女で、取材の名目がある。だから島の人は親切だった。荷物を運んでくれ、泊まる部屋を用意し、晩ごはんに誘ってくれた。断ると「遠慮しないで」と笑う。笑いながら、断る余地を薄くする。
宿は民宿で、女将の千草(ちぐさ)が切り盛りしていた。五十代くらい。声がよく通って、誰にでも同じ調子で話す。なのに、私を見るときだけ目が静かになる。
「若い女の人が来るの、久しぶり」
最初の挨拶がそれだった。島に若い女はいる。なのに“来る”と言った。外から来る女を、何か別物として数えている。
初日の夜、島の寄り合いに連れて行かれた。公民館の畳の部屋に、女たちが円く座っている。男は外で酒を飲み、女は中で食器を並べ、当たり前みたいに役が分かれていた。私が座ると、隣が空く。誰も詰めない。距離があるのに、視線だけが近い。
そこに、桃香(ももか)が入ってきた。二十代後半くらい。白い肌で、髪をひとつにまとめている。都会の服が似合いそうな顔なのに、島の言葉で普通に笑った。
「取材の人?」
私が頷くと、桃香は「よかった」と言った。何がよかったのかは言わない。
その夜、宿に戻る途中で桃香がついてきた。潮の匂いが濃い道。家々の窓は早くに暗くなる。
「島、好き?」
「まだ分からない」
「そうだよね。ここ、慣れるまで息が詰まる」
桃香は笑った。軽い言い方なのに、内容だけは妙に重い。
宿の前で別れるとき、桃香が小さな布袋を渡してきた。中に白い粉が入っている。
「部屋の隅に少し置いて。夜、変な音がすることあるから」
「何の粉?」
「貝。砕いたやつ。気休めだけど」
気休め、と言いながら、桃香の目は真剣だった。
その晩、私は布袋を枕元に置いた。波の音が近い。寝つきかけた頃、廊下を歩く音がした。板が、ぎし、と鳴る。誰かが止まる。戸の前で気配が溜まる。
次に聞こえたのは、低い声だった。女の声。はっきりした言葉じゃない。名前を呼んでいるみたいな抑揚。
私は息を殺した。戸は開かない。けれど、気配が離れない。しばらくして、足音が遠ざかった。
翌朝、千草が何事もなかったように朝食を出した。味噌汁の具は海藻で、茶碗が温かい。私は遠回しに昨夜のことを聞こうとしたが、千草は笑って遮った。
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