
長編
吊るも這うも轢かれる。
匿名 2017年2月17日
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それは、蛙とコオロギの鳴き声が響く、夏もおわりかけたある夜の日の出来事だった。
「,,,,この家だってよ。出るって有名な家」
僕とKは、その二階建ての一軒家を、周りをぐるりと囲む塀の外から眺めていた。
風は存外に冷たく、そういう季節はもう過ぎたのだと感じる。なのに、僕らはまた肝試しに来てしまっていた。
僕とKとS、いつものメンバーだ。
発案者はKだ。奴のオカルト熱は季節に関係なくいつでも夏真っ盛りらしい。
「二階あたりに女の霊が出るって噂。今はー,,,見えねぇけどな。窓に映るらしいぜ」
Kの言葉に、僕は二階の窓を懐中電灯で照らした。Sはというと、道の脇に停めた車から出てこず、運転席側の窓から、右肩と頭だけを出してつまらなそうに家を眺めていた。
「おい、S出てこいよ。何一人だけ車乗ってんだよおめーはよ。」
Kが言う。Sは大きなあくびで返す。
「さみーんだよ。それに、誰がここまでずっと運転してきたと思ってだよ。・・・俺は寝るぞ」
Sはそう言って、車の中に引っ込み窓を閉めてしまった。
「Tシャツ一枚で来る方がわりーんだよ。」Kが、かかか、と笑う。
でも、確かに今日の夜は存外冷える。おそらく、朝から曇っていた事が原因だと思うが・・・・
お天気お姉さんは何と言っていただろうか。
そんなことを考えながら、僕はもう一度窓を見上げた。ちなみに、僕とKがいる位置とSが乗る車の間には、この家の門がある。
門は内側に開いていた。
でも、今日は不法侵入はしない。外から眺めるだけだ。理由は、ここがそういうスポットだからだ。
「噂じゃ、女。・・・というか、ここの家の娘な。事後で下半身が動かなくなったんだってよ。それから女はショックで段々頭がおかしくなって、そのせいで、両親はその女を自宅にずっと閉じ込めていたんだとよ。ビョーキ家族だな。」
隣でKが言う。いつもならここで鋭いSのツッコミが入るのだが、上がTシャツ一枚の人間にとっては、この寒さは多少分が悪い。
「で、事件は起きるわけだ。その女が夜寝ている両親の首をナイフで掻っ切って。自分も自殺したんだな。」
「・・・自殺?」
問い返しながら、僕は何だか周りがさっきよりも寒くなった気がした。背筋がぞわぞわする。
「首吊りだってよ。首吊り自殺。こう、ロープにぶら下がって、ぶらんぶらん揺れてたんだと。」
Kがべろんと舌をだし、体を揺らす。しかし、僕はその時Kの話に違和感を覚えた。女は両親を殺して首吊り自殺をした。
けれど、その女は確か・・・
「でもさ、それっておかしくない?」
「あ?何が??」
「足も動かないのにどうやって首を吊るすんだよ」
「どうやってって。そりゃお前・・・・」
と、Kが何か言おうとしていたその口が止まる。ぞわり、と冷たいものが僕の首筋を撫でた。
それはまるで、大きなつららを直接背中に当てられた様な感覚だった。足から頭まで全身鳥肌が立つのが分かった。
僕とKは、ほぼ同時に二階の窓を見上げた。二階の一室の窓が、徐々に開いていた。ゆっくり、音もなく
隙間に女の顔が見えた。
髪がぼさぼさ、大きく見開いた目が僕ら二人を見据えていた。
窓は開く。隙間が広がりその首にロープが見えたその時。女は一気に僅かな隙間から外へと身を乗り出した。
女が、頭から落ちる。途中で、その首に巻いてあったロープが落下を食い止めた。
がくん。と女の身体が上下に反転し、二階の窓を支点に振り子運動を始める。
ぶらん、ぶらん。
枯れ木のように細い足。その手には、ナイフらしきものが握られている。一つ、二つ、三つ。その身体が痙攣した。
ナイフが手から落ちる。その手が宙を掻く。音は何もない。
その内、女の両手がだらりと下に垂れさがった。口が開き、真っ赤な舌がその中に覗いていた。死んだのか。死んでいるのか。
しかし、眼だけは未だにこちらをぎょろりと見据えていた。
僕の口から、何か悲鳴のようなものが出ようとしていた。
と、僕の首筋に冷たいものが当たった。
「ふやぁっ」
僕はついに悲鳴をあげて、実際に飛び上がった。雨だった。
しかし、雨のおかげで一瞬だけだか気がそれた。それから、はっとしてまた二階を見上げるが、そこにはもう何も無かった。
首を吊った女の姿も、窓も閉まったままだった。
「ああやって、首を吊ったんだとよ。」
隣を見るとKは、笑っていたが、無理をしている笑いだと一目でわかる。
でもその時は僕も同じ笑いを返していたに違いない。
なるほど確かに、あの方法なら足が不自由でも首が吊れる。凄いのを見たなと。僕がKに言おうとした時。
ーーードサリーーー
僕とKは、また、ほぼ同時に反応した。
何かが落ちた。塀の向こう側。霊がそれから、ズル、ズルと布が擦れる音。先ほど見た首吊りには音が無かった。
しかし、今度は音だけがある。僕とK、それとSの乗る車の間にある門。門は開いていたのだが、そこから手がでてきた。
さっきの女の手だ。ナイフを握っている。もう片方の腕もでてきた。
次いで、頭。首にはロープ。白い服。見開いた目。垂れた舌は地面を舐める。
僕はSに助けを求めようとした。しかし、声が出ない。身体が動かない。金縛り。
Kも同じらしかった。どうしよう。こっちにゆっくり這い寄ってくる。足は動いていない。手だけで。地面を、ずるずると。
怖い、それに近い。怖い怖いこわい近っ。
這い寄る女と僕らの距離はもう2メートルも離れてなかった。あ、もう駄目かも。
本気でそう思った。
突然、光が目に眩んだ。
エンジン音とブレーキ音。気がつくと、僕らが乗っていた車が目の前にあった。
金縛りがとけ、身体が動く。
身体は動いたが、僕はしばらくその場を動けなかった。
ウィーンと運転席側の窓が開き、Sの眠たそうな声が聞こえる。
「おいお前ら、もういいだろ。雨が降ってきたからもう帰ろうぜ。」
僕とKは顔を見合わせた。
おそるおそる、車の下を覗くがそこには何もいない。
「こいつ・・・・」
Kが呟く。
「・・・轢きやがった。」
「あん?あぁ、そういや妙な手ごたえがあったな。でかいカエルでも潰したか?」
僕は、何も言えないでいた。KもSをまじまじと見つめるだけだった。
そんな僕らに、Sは怪訝そうな顔を見せ
「どうしたお前ら。なんかあったか?・・・ま、何を見ても聞いてもだ。そりゃ、幻覚に幻聴だ。ほら、乗れ。もう帰るぞ」
僕とKはもう一度顔を見合わせ、お互い何も言わずに車に乗り込んだ。
それは、蛙とコオロギの鳴き声が響く。夏もおわりかけたある夜の出来事だった。
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