
宿の扉を開けると、冷たい風が吹き込んできた。火照った身体を一瞬で冷却していく。
あの冬の日を思い出す。
見上げれば、白い雪雲が空を覆い、視線を下げれば、雪に埋もれた山道が続いている。
懐かしい田舎の景色。
雪の匂いと、冷たい空気。
耳に残る雪の音。
口の中によみがえる、温かいココアの甘さ。
つないだ手と手。
僕と妹。そして、あの冬は――、
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宿の祖父が亡くなった。
東京暮らしの僕は、夜行バスに乗り込み、北の町へと向かった。
祖父の住んでいた宿は、駅からさらにバスと徒歩を乗り継いで、山の奥にある。
昼過ぎに東京を発ち、着いた頃には冬の陽も沈みかけていた。
遠く近く、静寂が支配する。
木々が雪に覆われた景色。
ここはさして変わっていない。
あの日から。
「翔(しょう)ちゃん、久しぶりね。お仕事忙しかったでしょう?」
伯母――僕の母の姉は、テーブルの上に温かいココアの入ったマグを置きながら言った。
いつも元気な伯母は、僕の母に似ている。
「いいんです、祖父にはお世話になりましたから。
それより、さみしくないですか?」
伯母は微笑む。
「なんともないよ。祖父も大往生だったし、皆、笑顔で見送ったよ。」
そう言って、伯母は何かを取り出した。
差し出されたのは、古い写生帳だった。
「これは……」
手に取り、ページをめくる。
幼い頃の絵と文字。
どれも見覚えがあった。
当然だ。
これは、自分自身が描いたものだったのだから。
「――懐かしいですね」
「でしょ? 祖父の部屋を片付けてたら出てきたの。」
§
§
子供の頃、毎年冬になると、僕たちは母方の実家に帰省していた。
同じ学校の友達もいない。
遊び場もない。
普段の生活とはかけ離れた環境だったが、僕は毎年、ここを訪れるのを楽しみにしていた。
山に行けば、雪遊びができる。
宿の周りでは、雪だるまやかまくらを作れる。
夜になれば、祖父に連れられ、近くの神社に行った。
そして、冬の間に行われる伝統的なお祭り――。
『翔ちゃんの手は、冷たいね』
『……あなたの手は、暖かいね』
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「――翔ちゃん、どうしたの?」
伯母が心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。
「――あ、いや。色々と思い出していて。」
「懐かしいでしょう?毎年来るたびに、このノートに続きを書いてたからね。」
「そうだね、これ、一晩借りていい?」
今夜、じっくり読みたい。
「いいよ、でも処分するつもりなら、仏壇に供えておくからね。」
§
§
今回の滞在の目的は、祖父の家への挨拶だけだ。
後日談:
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