
長編
潮鳴様
匿名 7時間前
chat_bubble 0
4,485 views
かった。
⸻
風はほとんどなく、砂は乾いていた。
日中でも人影はまばら。
波は低く、だが何かを孕んでいるように、重く滑らかに打ち寄せていた。
AとB――事件当日の目撃者に会うことはできた。
Aはどこか虚ろで、話しかけても返事が途切れがちだった。
Bの方がまだ冷静だったが、彼の語る内容は――地図にない森、潮の音、祠――あまりにも現実離れしていた。
だが、佐原は「ありえない」とは思わなかった。
民俗の現場において、信じがたい話ほど“本当のこと”に近い。
⸻
Bの案内で、森とされる場所へ向かった。
不自然な小高い丘とその向こう。
確かに、そこには木々の影が連なっていた。
地図には何もない。航空写真にも何もない。
それでも、“ある”のだ。ここに。
佐原は木立に足を踏み入れた。
風が止む。
空気が変わる。
音が吸い込まれるように遠ざかる。
GPSは正確に動いていたが、彼の五感は確実に“ずれていた”。
そこに「祠」があった。
⸻
それは、崩れかけた木造の小さな社だった。
扉はない。内部には何も祀られていない。
ただ、土間にいくつもの貝殻と、干からびた海藻のようなものが落ちていた。
「……これが海から来たっていうのか……?」
佐原は膝を折り、周囲を記録しながら、何か“視線”のようなものを感じた。
祠の奥。木の幹の間。
そこに白い何かが揺れていた。
風ではない。
光でもない。
だが、確かにそれは「そこにいた」。
その時――声がした。
「ここは うみのかわり」
「あなたのこと もう わすれてしまっているのに からだが おぼえているの」
「だから はいりなさい おまえも しずんで」
耳ではなかった。
頭の奥、もっと深いところ――血が流れる感覚そのものに、声が“届いた”。
佐原は思わず数歩、後ろへ下がっていた。
祠の奥は暗く、波のように何かが満ちていた。
だがそこには水はない。
地面は乾いている。
それでも、足元がじわりと沈んでいく感覚があった。
彼はそれ以上は進まなかった。
あるいは、進めなかった。
⸻
海に戻った時、空はもう茜色に傾いていた。
波は変わらず、静かだった。
だが、佐原の耳には、それが遠い太古の神の心音のように聞こえていた。
彼は報告書にこう記すしかなかった。
「地質的には異常なし。現地に祠の痕跡。海との関連性不明。
潮成(しおなり)神社跡との関係を今後調査。」
だが
後日談:
- 以前別の怪談サイトにも投稿した話です。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(0件)
コメントはまだありません。