
私には、最近ひとつの特技があります。
当たるのです。
何が、というと、悪いことがです。
朝、家を出るときにふと嫌な予感がすると、その日は必ず何か起きます。電車の遅延、上司の機嫌、体調不良。小さなことですが、ほとんど外れません。
最初は偶然だと思っていました。けれど回数が増えるにつれて、私は気づきました。
私は兆しを読めるのだと。
例えば、部屋の時計が一瞬だけカチ、と強く鳴ったとき。
例えば、コンビニの店員が視線を合わせなかったとき。
例えば、ニュースのアナウンサーが不自然に瞬きをしたとき。
その日のどこかで、必ず良くないことが起きます。
私は記録をつけ始めました。手帳に、違和感を書き留めます。
《時計の音が大きい》
《隣人が挨拶しない》
《空が妙に白い》
そして夜、結果を書き込みます。
《取引先からクレーム》
《頭痛》
《財布を落とす》
驚くほど、符合していました。
私は自分の直感に従うようになりました。嫌な予感がする日は、外出を控えます。メールも慎重に書きます。電話も取らないことがあります。
そうすると、大きな失敗は減りました。
やはり、私は読めているのです。
ある日、妻が言いました。
「最近、なんでも悪いほうに結びつけてない?」
私は笑いました。数字で示せるのです。手帳を見せました。ほら、こんなに当たっている。
妻はページをめくりながら言いました。
「当たらなかった日は?」
その質問の意味が、すぐには分かりませんでした。
当たらなかった日?
私は手帳を見返します。違和感を書いた日しか、印がありません。何も起きなかった日は、記録していませんでした。
「それは、兆しが弱かっただけだよ」
そう答えました。
その夜、ふと気づきました。最近、良いことが起きても嬉しくないのです。
昇進の話が出ました。
昔なら飛び上がって喜んだはずです。
でも私は、まず考えました。
その前触れは何だったか。
思い当たらない。
つまり、見落としている。
私は急いで過去のページをめくります。どこかに兆しがあったはずです。時計の音。空の色。誰かの視線。
見つからない。
見つからないのに、決まってしまった。
嫌な予感がします。
兆しのない幸運は、危険です。
きっと後で、大きな帳尻合わせが来る。
私は昇進を断りました。
周囲は驚きました。妻は怒りました。
「何も起きてないのに」
何も起きていない、という言葉が怖いのです。
起きていないのではありません。
まだ見えていないだけです。
最近は、違和感が増えました。
誰かが咳をする。
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