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長編

この手紙の送り主

こーすけ 2019年3月23日
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経験したことのある人もいるかもしれないが、賃貸に引越しをすると前の入居者宛に郵便物が届くことがある。前入居者が転居届を郵便局に出さないまま引っ越すとこうなる。 届いた側からしたら差出人に返送したりだとか色々面倒なことになるが、送り返そうにもどうにもならない不思議な郵便物が私の元に届いたことがある。 もう二十数年前になるが以前住んでいた築30年の古いアパートに引っ越した時の話である。窓から桜の木が綺麗に見えた風通しの良い部屋だった。 当時私は大学生で上京して一人暮らしを始めたばかりで、色々わからないことだらけだった。 引っ越して3日ほど経った頃、郵便受けに手紙が入っていた。手紙を裏返すと文字がびっしりと書かれていた。 差出人の住所は自分の知らない場所だった。どうやら以前の入居者宛の手紙のようだ。 あまり内容は見るべきではないがつい好奇心に駆られ見てしまった。 〇〇へ “元気ですか?ちゃんとご飯食べてますか?お母さんは心配です。”・・・ “この前は連絡してくれてありがとう。あなたが東京に住んでいると知ってみんなびっくりしています。”・・・ “風邪に気をつけて、しっかりとやりなさい。たまにはこちらに帰ってきてください。私たちは何があってもずっとここで待っています。” 母より うろ覚えだがこんな感じだったと思う。引っ越したばかりの自分の境遇と少し似ていてまじまじと見てしまった。前入居者は家出でもしていたのだろうか、最近まで音信不通だったことがうかがえた。 何があったのかこちらは知る由もないが大事な手紙だと思い、とにかく郵便局へ行き手続きを行い、前入居者宛の郵便物がこちらまで手紙が届かないようにしてもらった。 これで大丈夫、そう思っていた。 一ヶ月後、何か手違いが起きたのだろうか。再び前の入居者宛の手紙が届いた。その手紙は送り主家族の近況を伝える内容だった。 兄弟の話、飼っている犬が脱走した話、最近あった面白い出来事・・・ どれも心の暖かくなるような事が書かれた、そんな手紙だった。 私は結局郵便局まで行くのが億劫で封筒に手紙を入れ、送り主の住所を書き、 後ろに “〇〇様はここにはもう住んでおられません。”と注意書きを添えアパート近くのポストへ投函した。 しかしその封筒は宛先不明の判が押され手元に帰ってきた。 なんとその住所に家が存在しないそうだ。送る住所を間違えたか?と思ったが手紙を確認してみるとそんなことはなかった。どうしてなのか。私は少し腹が立った。もう手紙は家で保管することにした。 一ヶ月後また前入居者宛の手紙が届いた。前回と同じく家族の近況報告。その次の月もまたその次の月も・・・ここまで気にかけてくれる家族をもつ前入居者に対して羨ましく感じ、申し訳ないと思いながら手紙を読まさせてもらっていた。 季節は冬になっていた。 そんなある日また“あの”手紙が届いた。その頃には毎月届く手紙が楽しみにさえなっていた。速達の手紙であった。手紙に目を通す。私は驚愕した。 前入居者の父が亡くなったとの知らせだった。 今まで手紙をそのままにしてしまったことを深く後悔した。 この手紙は何とかして本人の元へ届けたいと思い、大家さんに自分の部屋に前住んでいた人がどこへ引っ越したのか聞いた。 しかし何も知らないという。 ならばせめて送り主に手紙が本人の元へ届いていないことを伝えたいと思った。 だが送り主へ手紙を書いても届かないので実際に向かうことにした。 どうしようもなかったこととはいえ手紙をそのままにしてしまったことは事実だし、なんて言われるかわからない。 しかしこのままにしてはいけない、何か行動を起こさなければと思った。 今思えばかなりのお節介だと思うが私はまだ若くそこまで頭が回らなかった。 次の日、支度を終えた私は送り主の元へ向かうことにした。 送り主の住所はS県。S県といっても山奥で非常に遠い。車は免許を夏に取得したばかりで慣れておらず、その上カーナビもないので本当に苦労した。 手紙に書かれた住所を見せ、人に尋ねながら送り主の住む家を目指した。しかし聞く人聞く人不思議そうな顔をする。それに少し違和感を覚えたがなんとか住所近くまで来た。 湖のある風光明媚な場所だった。しかし家が見当たらない。不思議に思い、近くを通りかかった年配の方に尋ねた。 すると、 “その住所にある街は存在しない。何年も前にダムの底にに沈んでいる” 私は耳を疑った。 昨日の昨日まさにその住所から手紙が来ているのだから。 持っている手紙をじっと見つめる。 何かおかしなところがないか…消印は…。 消印は20年前の昨日の日付を指していた。 私は目を見張った。どうして20年前の手紙が届いているのか・・・? その方の話によるとこの辺りは10数年前、ダム建設の為に電力会社と地元住民で対立があり、ずっともめていたそうだ。 しかし電力会社は強行して工事を開始した。 それでも何人かの住民はこの地域に留まった。 “ここは私たちにとっての故郷だ。簡単に明け渡したくない。故郷を捨てるくらいなら…”と。 そんなある日この地域を豪雨が襲う。 ダム工事のために地盤が緩くなり山は土砂崩れを起こした。増水した川は大量の土砂とともにこの地域を襲った。 ダム建設現場近くに住んでいた人々は死んでしまったそうだ。土砂災害は凄惨を極め、豪雨は夜通し降りつづいたそうだ。 ・・・・・・ 私は絶句した。 ・・・・・・ この手紙は一体どこから来たのだろうか。 この手紙を受け取るはずだった人は今どうしているのか。 必死に探した。しかし解決する術は私にはもう何も残されていなかった。 私は住んでいたアパートを引っ越すことにした。あの前入居者の家族が災害に巻き込まれ、その後どうなったかは不明だが、手紙が書かれた後の話の出来事を考えると毎月届く手紙をそのままみてはいられなかった。 今もあのアパートには手紙が届いているのだろうか。 ダムに沈んだ街に住んでいた誰かの家族からの手紙が。

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