
夕方、友人と電話をしていると突然、玄関の呼び鈴が鳴った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それは寒い冬のある夜だった。電話の声をかき消すように鳴り響くベルに、私は一瞬驚いて言葉を失った。
「こんな時間に誰だろう?」
そう思いながら、電話を切り、リビングのドアを開けて廊下を歩き、玄関のドアの前に立った。
「はい、どちら様ですか?」と聞くと、外からは控えめな声が返ってきた。
「こんばんは、同じ階の住人です。少しお話できませんか?」
ドアスコープから覗くと、髪を束ねた中年の女性が、薄暗い廊下の中で微笑んでいるのが見えた。彼女は、自分の作ったカレーを持っていると言った。
「お腹が空いている方に、少しお裾分けをと思いまして。」
その言葉に、私は少し戸惑ったが、せっかくの好意を無下にするのも気が引けた。
「ありがとうございます。でも、晩御飯を食べたところなので…」
女性は、少し残念そうに見えたが、すぐに引き下がった。彼女が去った後、私はそのままソファに戻り、再び友人との会話に戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、目を覚ますと、窓の外は灰色の空に覆われていた。何かの音で目が覚めたが、それは救急車のサイレンだった。
入居者の誰かが倒れたのだろうと考えながら、気に留めずに朝食を摂り、仕事に向かおうとした。
その日、仕事から帰ると、再び玄関の呼び鈴が鳴った。今度は男の声だった。「警察の者ですが、お話を伺えますか?」
慌てて鍵を開けると、警察官が立っていた。
「実は、同じ階にお住まいの女性が、先ほど病院で亡くなったと連絡がありました。カレーを食べた後に中毒死したのです。」
その言葉に、私の胸が一瞬凍りつく。
「その女性が、あなたの部屋を訪れたことはありませんか?」
私は昨夜の出来事を思い出し、女性のことを話した。警察官は真剣な顔でメモを取り続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
後日、警察が再び訪れた。女性は私の部屋以外にも何軒かの部屋を訪れていたが、結局誰にもカレーを受け取ってもらえず、自宅に戻った後、ひとりでそれを食べてしまったのだという。
その時、私は女性の微笑みを思い出した。彼女が持っていたカレーは、誰をも誘う温かさがあったのだが、実際は誰もが恐れるものだったのかもしれない。
【了】
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