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試着室の怪
長編

試着室の怪

匿名 2015年9月8日
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この話は、テレビでも放映された、知り合いの投稿です。 「キャーッ!だ、誰か来て………」 と、女性の甲高い悲鳴が、突然フロア全体に響きわたりました。 私は、ビクッと声のほうに振り返りました。 「もしかして、また?………」 と、数日前から起こっている奇妙な事件を思い出しながら、私はひとり声を震わせました。 そこは福岡市内のあるファッションビルの3階フロアで、有名ブランドのブティックが並んでいましたが、そのフロアでは1週間ほど前から不思議な殺傷事件がつづいていたのです。 洋服を試着するために試着室に入った女性が、その狭い個室のなかで腹部や胸部を鋭利なハサミやナイフで切りつけられたり、突き刺されたりするという事件がつづいていました。 被害者のなかには、腹部に大きなハサミを突き立てたまま試着室から這い出してきたという女性もいたそうです。 しかし、そのフロアで働く販売員たちは、事件直後に不振な人物などひとりも見かけておらず、現場を調べた警察官たちも、いったいいつ誰が店員の目を盗んで試着室のような狭い個室のなかに入り、犯行を行い、事件後どこに逃げたのか、証拠もまったく見つからなかったので、犯人については見当もつかないままになっていました。 さらに奇妙なことに、事件の当事者の女性たちは揃って、 「試着室に入って洋服を着替えていたら、突然、鏡のなかの自分が、刃物を持って自分に襲いかかってきたんです………」 と事件のようすを語っていました。 ナイフやハサミを持った自分が鏡のなかから飛び出してきて、切りつけたというのです。 女性たちは錯乱状態のまま病院に運ばれましたが、幸いなことに死亡者はまだ出ていませんでした。 私は、自分の店では起きていないものの、その日までに同様の事件をすでに3件も見ていたため、その悲鳴を聞いたときは「なんてことなの、また起こったのかしら………」と身を震わせたのです。 悲鳴のあった店に駆けつけてみると、腹部にナイフを突き刺したままの女性が床に横たわっていて、その横に女性店員がぺたりと床に座り込んで身体を震わせていました。 私は、すぐにそばにいた店員仲間に救急車を呼ぶように指示し、被害者の女性のところに駆け寄りました。 ドアが開いたままの試着室から、その女性のところまでは赤黒い血が点々と落ちており、女性の身体の下はすでに血の海が出来ています。 「大丈夫?………あ、動かないで、いま救急車を呼んだから、もう少し頑張ってね」 「か、鏡のなかから……鏡のなかから私が、急に……」 「………」 その女性も、それまでの事件とおなじように試着室で着替え中に、鏡のなかの自分に襲われたようでした。 救急車で搬送されたあと、警察によって現場検証が行われましたが、今回もやはり犯人が存在したという証拠や目撃証言は得られませんでした。 そして、私にその事件とおなじような恐ろしい出来事が起こったのは、その翌日のことです。 春の新作シーズンに入り、本社から新しいデザインの洋服が送られてきたので、私が販売オリエンテーションのために試着してみようと試着室に入ったときでした。 試着室に入るとき、昨日までに起こった事件のことをふと思い出し、なんとなくイヤな感じがしましたが、仕事のためなので仕方なくドアを閉めて着替えを始めました。 なるべく鏡を見ないようにしていたのですが、ときどきは後ろ姿などを確認せずにはいられなかったので、チラッと鏡のほうを見ました。しかし、鏡に映っている自分にこれといって変化はなく、春の新作のグレーのパンツスーツも身体のラインが美しく出ています。 そこで、もう少しちゃんと洋服を見たかったので、おそるおそる身体を正面に向けて鏡でスーツをよく見てみることにしました。 相変わらず鏡のなかの自分には変わったところはなく、スーツも思ったより自分に似合っていたので、袖の長さやパンツの丈などの確認していました。 その時です。 私は自分の動きではない自分の動きを鏡のなかに感じたのです。 「え、なに?………」 と、心のなかに恐怖と疑問が横切りました。 そして鏡に映っている自分の顔を見て、全身の血が凍りついてしまいました。 まばたきもせずにじっと自分のほうを見ている自分の顔がそこにあったのです。 そして、みるみるうちにその顔は殺人鬼のような恐ろしい表情に変化し、鏡のなかの自分の身体の後ろから大きなハサミを握った手がさっと飛び出してきました。 私は、恐怖以上に、どういう行動をとっていいのかわからないという戸惑いのほうが大きく、頭のなかが空白になりました。 その瞬間、鏡のなかの自分の表情がさらに険しいものになりました。 目はカッと見開き、口もとはニヤリと笑っているかのようにさえ見えます。 そして、ハサミを持った手を大きく振り上げ、私に襲いかかってくるではありませんか。 私は身体が硬直してしまい、鏡のなかの自分の動きがスローモーションのようにゆっくりと見えたにもかかわらず、何もできずに直立したままでいました。 もうひとりの自分が振りかざしたハサミが、自分のスーツの胸元を切り裂きながら腹部に斜めに突き刺さるのを感じました。 痛みはさほど感じられません。 しかし、服を切り裂かれる感触と鏡から突き出された自分の腕の実在感は、はっきりとわかります。 床を見ると、腹部に突き刺さったままのハサミ越しに血液がじわじわと広がっているのが見えました。 そして、腹部から激しい痛みが襲ってくるのを感じました。 急に下半身から力が抜け、私はすとんと床に座り込み壁にもたれました。 薄れていく意識のなかで鏡のほうに目を向けると、鏡のなかの自分がうっすら微笑を浮かべながら自分を見下ろしていることが見えます。 私はそこで意識を失ってしまいました。 目が覚めると、病院のベッドの上でした。 「命は、なんとか助かったんだ……」 私は、そうつぶやきました。そして、徐々に記憶のなかから甦ってくる恐怖を必死で振り払いました。 私は、その事件をきっかけに、そのファッションビルでの仕事をやめることにしましたが、噂によると、その後もそのファッションビルでは、おなじような事件が引き続き起こっているといいます。

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