
その日もいつも通り電車に乗っていた。
見慣れた昼過ぎの車内は適度に混んでいて、座れずに立っている人もいた。
私のような仕事で移動中の会社員や年配の方、家族連れの乗客がそれぞれの日常を過ごしていた。
そこには危険性だとか異常性などは見当たらない。
ありふれたいつもの日常。
私はよく移動時間を利用して読書をする。
その日もいつものように読書をしていた。
カチャカチャカチャ・・・
ん!?
何かおかしな日常が私の視界に入ってきた。
見間違い?
でも、見間違いではなかった。
私の横には若い男性が座っていた。
スーツ姿の男性だ。
その男性は鞄の中に手を入れて、しきりに何かをいじっていた。
ナイフだった。
彼は大小さまざまなナイフを鞄の中でいじくりまわしていた。
斜めにされた鞄の中身は真横に座った私にしか見えない。
運悪く私は二人席に座っていて、私だけがこの“非日常”に遭遇していた。
一瞬、血だらけになって床に倒れる自分の姿が頭によぎる。
私は読書をやめ、席から離れようと思った。
だけど、その行動で刺されるような気がして、結局動けなくなってしまった
カチャカチャカチャ・・・
彼はひたすらいじくりまわしていた。
表情はわからない。
顔を見るのはとてもまずいような気がしたからだ。
平静を装い、私は読書をつづけた。
勿論、内容なんて頭にはいらない。
カチャカチャカチャ・・・
周囲にある平凡な日常との違和感がすごい。
誰もこの“非日常”に気づいてくれない。
ここに異常者がいますよ?
大声で言いたくなる。
カチャカチャカチャ・・・
どれくらい経ったのだろう?
彼はある駅が近づくといじるのをやめ、立ち上がる準備をはじめた。
助かった。
彼が立ち上がり降りる瞬間、ついつい彼の顔を私は確認してしまった。
彼は満面の笑顔で私のほうをじっと見ていた。
私の驚いた顔を確認すると、彼は何事もなかったかのようにありふれた日常の世界へと歩いて行ってしまった。
了
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