
長編
山祭り
あああああああ 3日前
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たい人がいたはりますやろ」
逢いたい人?訳がわからず、ぽかんとする俺。
母が突然駆け出した。
「母さん!?」
伸ばした手の先に、よく知ってる人がいた。
実家にいる頃いつも見ていた人。写真立ての中で笑っている、俺と面差しのよく似た
青年。俺が2歳の時亡くなった父だ。
まっしぐらに父に向かって進む母を、踊り手たちは空気のようにするりとかわし、何事もなかったかのように踊り続ける。
一足ごとに母の時間が逆戻りする。わずか3年余りの妻としての日々と、その何倍もの母としての時間。今、父の手を取りながら、母は堰を切ったようにしゃべり続け、父は黙って微笑みながら、時折相槌を打っている。二人の間に涙はない。何を話しているか、俺には聞こえないが、きっと言葉で時間を溶かしているのだろう。
時を越え、両親は恋人同士に戻っている。初めて見る両親の姿。ああ、父はあんな風に笑う人だったのか。母はあんな風にはにかむ人だったのか。これだけの歳月を隔て、まだ惹かれ合う二人に、思わず胸が熱くなる。
父に誘われ、母が踊りに加わる。なかなか上手い。本当に楽しそうに踊っている。
俺の頭の中で太棹が鳴り、太夫の声が響く。
“…おのが妻恋、やさしやすしや。あちへ飛びつれ、こちへ飛びつれ、あちやこち風、ひたひたひた。羽と羽とを合わせの袖の、染めた模様を花かとて…”
両親の番舞をぼーっと眺めていたら、ふと俺の事を思い出したらしい母が、父の手を引いてこっちへやって来た。ほぼ初対面の人に等しい父親に、どう挨拶すべきか。
戸惑って言葉の出ない俺を、おっとりとした弟と雰囲気の良く似た父は、物も言わずに抱きしめた。俺よりずいぶんほっそりしているけれど、強く、温かい身体。父親ってこんなにしっかりした存在感があるのか。
「大きくなった…」万感の思いのこもった父の言葉。
気持ちが胸で詰まって言葉にならない。ようやく絞り出せた言葉は「父さん…」
「うん」
優しい返事が返って来た。もう限界だった。俺は子供のように声を放って泣いた。
母の事を笑えない。気が付けば、俺は夢中で父に、友人の事、仕事の事を一生懸命話していた。今までは、そんな事は自分の事だから、他人に話してもわかるまいと思い込み、学校での出来事さえ、必要な事以外は母に話さなかったのに。
父の静かな返事や一言が嬉しかった。子供が親に日々の出来事を全部話したがる気持ちが、初めてわかったよ
この怖い話はどうでしたか?
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- 凄く怖かったです。でも良い話でした。凄く良かったです。でも怖い話は怖かったです。また怖い話を見ます。すみっコぐらし
- 私も亡くなった両親に会いたいと思いました。 子供に戻って、たくさん話がしたい。 貴船の情景に、思わず涙が出ていました。まりん
- こういう話は端的に書きなさい。先生
- 素敵なお話をありがとうございました。貴船奥宮は摩訶不思議な空間です。改装される前の奥宮で龍穴から出てきた神様に遭遇したことがあります。そこは異空間ですね。追体験できました。さら
- なんて素敵な…切なくなりました。 逢いたい人…私は母に逢いたいです。使う・選ぶ言葉も文体も素敵ですね… 同じ伝えるにしても本当、文才のある方っているんですね〜 情景まで浮かび、感動しました。K
- 皆様、コメントありがとうございます。La
- 涙出ちゃいました。とてもステキなお話です。うんこりん
- 久しぶりに、活字で異次元を体験させていただきました。サキ
- この親子だから起こった奇跡!涙涙!匿名
- 凄くよいお話をありがとうございます。感動しました。?