
長編
タクシー
えい 2018年12月23日
chat_bubble 6
45,587 views
あるタクシー会社に勤めるNさんは 後1ヶ月で定年を迎えようとしていました。
その頃のタクシー会社は何処も景気が悪く タクシーを使う客は 専ら飲み屋帰りのサラリーマンやホステス等が利用していたぐらいでした。
昼間は お年寄り達が利用する事も有りましたが 病院への送迎やワンメーターの短い距離を移動するものばかりでした。
定年前にもう少し稼いでおきたいなぁ…それがNさんの口癖みたいになっていました。
そんな 客足が伸びない日が何日か続いたある終電が走り去った雨の降る日 繁華街を過ぎた辺りで 1人の若い女性を乗せた事で 今までの客足が嘘の様に Nさんに幸運が舞い降りました。
その女性は タクシーに乗り込むと 直ぐに 「○○○へ行って下さい。 」と小さな声で言った。
Nさんは聞き間違えたかと思って バックミラーで後ろの女性を見ながら 行き先を繰り返しました。
N 「○○○ですか?」
そうNさんが聞き返すと 女性は 俯きかげんに小さく頷きながら小さな声で答えた。
女 「はい。」
N 「○○○ですと…高速を使いますが…構いませんか?」
女 「はい。構いません。」
N 「そうですか。では走ります。」
Nさんは 心の中でガッツポーズをした。
久し振りの長距離の客だった。
暫く車を走らせていると 国道沿いに最後のコンビニが見えて来た。
女 「すみません。ちょっとあのコンビニに寄って貰えませんか?何だか喉乾いちゃって。」
滅多に乗せない長距離の客を乗せた事に 気を良くしていたNさんは 「はいはい。」と返事をして タクシーをコンビニの駐車場に止めた。
女 「すぐ帰って来ますから ちょっと待ってて下さい。」
そういって女性はタクシーを降り コンビニの中へ入って行った。
5分も掛からず女性はタクシーの所へ帰って来た。
Nさんがドアを開けると 後部座席から中に顔を入れてこんな事を言って来た。
女 「あの…助手席に座っちゃ駄目ですか?何だか後で黙って座ってるのも 退屈してしまって…。」
と 少し申し訳なさそうに言った。
Nさんは どうせ長距離なんだし 助手席に乗せて話ながら言ってもいいか。
と考えて 助手席の荷物を運転席のドアの間に移動させ 女性を助手席に座らせた。
女 「すみませ~ん。」
そういって助手席に座り込むと Nさんに珈琲の缶をどうぞと渡して来た。
N 「あっすいません。」
そういって受取り タクシーは国道に出て 暫く走った後 高速に乗った。
終電が走り去った後だから 辺りは真っ暗で 住宅街であろう場所にも 明かりはなく 街灯の明かりだけがポツポツと点いているだけだった。
真夜中の高速を走る車は 長距離を移動するトラックが主で たまに自家用車とすれ違いはしても渋滞など無い道路をタクシーは順調に目的地へと走っていた。
車内では助手席に座った女性とも会話が弾み Nさんも女性も退屈はしなかった。
県境を越える頃には 雨もやみ女性から指示された道をひた走り 辺りは疎らに家がある様に思える場所に着くと 女性はタクシーを止めた。
女 「あっ ここでいいですよ。」
そう言われてタクシーを止めた場所は 街灯も何もない場所だった。
Nさんは好意のつもりで女性に言った。
N 「真っ暗ですよ?もう少し明るい場所か 家のそばまで送りますよ?」
しかし女性は この奥に家があるから 大丈夫だと言った。無理に引き止めるのも悪い気がしたNさんは 会計時に女性に名刺を渡した。
N 「また うちのタクシーをご利用の際はお願いします。」
女 「はい !! 」
そうして暗がりに女性を降ろして Nさんは もしかすると こちらの県から地元方面に帰る人が居るかも知れないと 軽く最寄り駅周辺を流したが 人気は余り無く 客を拾えそうもないなと地元に帰って来た。
会社に戻り タクシーを掃除していると 同僚がやって来て 長距離客を乗せたNさんを羨ましがっていた。
「定年退職前に ついてるな。」そう同僚に言われて Nさんは満面の笑みを浮かべて 「偶々ですよ。」と返した。
翌日 気分で駅周辺を流していたNさんの乗ったタクシーは 前方で手を挙げている人を見付け 車を寄せ停車した。
後部座席のドアを開けると 20代半ばぐらいの男性に 「急いで○○○へ行ってくれ。」と言われた。
Nさんはまた長距離だった事を内心で歓び 再びNさんのタクシーは○○○方面へと走り出した。
その日以外にも 割りと長い距離ばかりを走る事になったNさんを他の同僚達も 口々に「ツイてるな !!」と言って羨ましがっていた。
そうした日が幾日か続いたある日 Nさんに指名が入った。
無線を受けたNさんが指定の場所に向かうと あの時の女性が立っていた。
Nさんはタクシーを女性のそばに寄せ停車し後部座席のドアを開けると 「こんにちはー。」と言って顔を覗かせた。
Nさんも笑みを浮かべ 「ご指名有り難う御座います~。」と会釈をすると 女性は助手席の方を指差すので 構いませんよと後部座席のドアを閉めタクシーから降りると 助手席のドアを開けて 女性を座らせた。
N 「今日はどちらまで?」
明るく話し掛けるNさんだったが その日の女性は 前の時と少し違っていた。
笑顔は少なく 見ようによっては何処と無く疲れている様にも見えた。
女性は小さな声で「○○○まで。」
そう言ったっきり その日の会話は余り弾まず 少し気まづい思いを抱えたまま 女性の指定した場所に到着した。
会計を済ませ 助手席から女性が降り こちらを振り返った時 Nさんは以前の様に明るい声で言った。
N 「また お願いします。」
女性は頷いて少しだけ微笑んでいた。
そうして Nさんの定年退職まで あと1週間と迫った時 おかしな事が起こった。
地元でNさんが タクシーを流していても 誰も手を挙げようとはしない。
たまに 路上に立つ人と目が合っても Nさんの後ろのタクシーばかりに乗り込んで行く。
なんだ?少し訝しげに思いながら 割りと遅くまで流したが その日の客足はさっぱりだった。
その日会社に戻ったNさんに同僚達は 「今までのツキのツケが回って来たんじゃ無いのか?」と笑い Nさんも「そうかもな。」と言って笑った。
翌日 Nさんは距離こそ短いものの数多く客を乗せる事ができ 落ち込んでいた気持ちも少し和らいで来た。
やっといつも通りの仕事に戻れたと ホッとしていた。しかし……1つだけ気掛かりな事があった。
それは 客を乗せる度に 言われていた事だ。
「運転手さん 隣の女性は研修か何か?」
「最近じゃあ 女性の運転手さんも居るのかい?連れて回って 道を教えるのも 大変だろ?運転手さん。」
「ダメだよ~勤務中に彼女乗っけてたら…。」
Nさんは そんな客の言葉に何と返せばいいのか分からず ただ曖昧な返事を返していた。
そして 退職まであと3日までになった深夜 人気の少ない飲み屋街をゆっくり流していた時 何か聴こえた気がして バックミラーを見た。
しかし そこには ただ白いシートがあるだけで何も無かった。
気のせいかと気を取り直して再びタクシーで走っていると また 何か聴こえた気がした。
丁度 店が途切れ 街灯の明かりも途切れた 真っ暗な場所で Nさんは少し怖くなって 恐る恐るゆっくりとバックミラーに目を向けた。
しかし 何も無かった。
なんだ?疲れてるのか?そう思いながら タクシーは 1本の街灯の下に差し掛かり 車内が一瞬明るくなった その時 あるはずの無い影を左目の端で捉え ゆっくりと顔を助手席に向けると そこには………。
タクシーの窓を叩く音で目を開けると 警官が2人 タクシーの中を覗いていた。
Nさんは 体を起し 窓を開けた。夜はいつの間にか明け朝になっていた。
すると警官が「こんな所で寝てたらダメだよ?早く車動かして !! 」そう言われて Nさんが辺りを見渡すと それは 街からだいぶ離れた場所にある大きな霊園の門の前だった。
どうしてこんな所に?幾ら考えても分からず 警官に促されて Nさんは車を動かし 警官に謝り 会社へ帰ると 配車係の中年のおばちゃんが 出て来て Nさんに向かって何か怒っている様子だったので Nさんが何を言ってるのか分からないという話をすると おばちゃんは 「例の女性からNさんに指名が入ったのよ。言ったじゃない !! それなのに 20分ぐらい待ったけど来ないって言うから 他の人を行かせたのよ⁉一体何処に行ってたの⁉」 そう捲し立てる様に言うと ズンズンと歩いて事務所に入ってしまった。
Nさんに昨日 指名連絡を受けた覚えは無かった。 そして 思い出したかの様に 私の所へ半場駆け込む形で訪ねて来ました。
一通りの話を聞いてから まず Nさんにお祓いを受けて貰いました。タクシー会社に連絡し許可を得てから お祓いをし廃車にして頂きました。
その後の事 Nさんにすべて お話しました。
最初に乗せた女性は その時に亡くなっていた事。
肌の色が変色していたので 多分 服毒。自ら命を絶たれた。何を口にしたのかは分からない
けれど…相当 もがき苦しみ 喉を掻き 亡くなっていました。
そして その後に乗せた方々も すべて お亡くなりになっていました。
自ら命を絶とうとする者にどんな理由があるのかは 人それぞれで 分り兼ねますが……
Nさんは あの女性が死に行くとは知らず たくさん話をして 笑いあった 最後の人だった。
きっと 怖さや寂しさもあったと思います。
Nさんは その気持ちを少し和らげ 現実に少しだけ引き戻したのかも知れません。
それでも死にたいという気持ちの方が強く 真っ暗な闇の中に1人降り 明かりが消えて行く方を見据えた後 あの場へ足を踏み入れた。
Nさんが乗せた 長距離のお客さんは すべて 行き先が ○○○だった。
理由がどうあれ 目的と目的地は同じ。
○○○の その先には 樹海が広がっている…。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(6件)
コメントはまだありません。