
町に戻ったのは、祖母の葬式がきっかけだった。山に囲まれた小さな集落で、夜は虫の声しか聞こえない。東京での生活に慣れた身には、空気が濃すぎるくらいだった。
葬式のあと、古い同級生たちが公民館に集まり、酒を飲んだ。そこで再会したのが紗世(さよ)だ。高校の頃、よく笑う子だったはずなのに、今は笑う前に相手の目を確かめる癖がついている。
「久しぶり。まだ東京にいるの?」
「うん。仕事がね」
そう答えると、彼女は小さく頷いた。頷き方が、承認というより“確認”に見えた。
翌日、祖母の家の片付けをしていると、縁側の下から木箱が出てきた。中には古い札と、藁で編んだ小さな輪がいくつも入っている。輪には赤い糸が結ばれ、札には読みにくい字で「妬(ねた)み餓え」と書かれていた。
気味が悪くて戻そうとしたところへ、紗世が来た。
「あ、それ……捨てないで」
箱を見るなり、彼女の声が少しだけ湿った。
「この辺、昔からあるの。嫉妬に飢えたものを、山に返す札」
嫉妬に飢えたもの。言葉が耳に残った。
その夜、紗世から連絡が来た。「少し散歩しない?」。田舎の夜道は暗い。星明かりと、遠くの家の窓だけが頼りだ。用水路のそばを歩いていると、紗世が急に立ち止まった。
「東京って、女の人いっぱいいるでしょ」
答えに詰まると、彼女は笑った。笑顔なのに、喉の奥が冷える。
「ねえ、嫉妬って, 栄養なんだって。足りないと、痩せるんだよ」
風が吹いた。水路の水面に、白いものがすっと走る。塩みたいな筋。月明かりがそう見せたのだろう、と思った。けれど紗世は、その筋の上を靴先でなぞり、指で少し舐めた。
「まだ薄い」
そう言った唇が、やけに乾いて見えた。
次の日、村で祭りの準備が始まった。俺も手伝いに駆り出され、神社の境内で縄を張ったり提灯を吊ったりした。東京から来た、と言うだけで、誰かが気軽に声をかけてくる。特に、役場の臨時職員だという若い女性が、やたら話しかけてきた。
「都会の人って、歩き方違いますね」
笑いながら言うその声が、境内の空気に浮いていた。
その晩、祖母の家の台所に、濡れた足跡が点々と続いているのに気づいた。裸足の小さな足跡じゃない。大人の、細い踵。足跡は縁側の下へ消えている。
胸が嫌な重さになる。縁側の下を覗くと、昨日の木箱が開いていた。藁の輪がひとつ、なくなっている。
後日談:
後日談はまだありません。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(0件)
コメントはまだありません。


