
太平洋高気圧に覆われ、連日のように真夏のような猛烈な暑さと痛いほどの晴天が続いていた、7月上旬の放課後のことだ。
私は夏休み前の進路相談のため、一人で静まり返った旧校舎3階の進路指導室を訪れ、先生がやってくるのを待っていた。
西日が容赦なく差し込む室内はエアコンの効きも悪く、チリチリとした熱気がこもっていた。
外から聞こえていたけたたましい蝉時雨が、突然ピタッと止み、異様な静寂が訪れたのはその時だった。
ふと違和感を覚えて窓ガラスに目をやった瞬間、私は息を呑んだ。
ここは校舎の3階のはずなのに、閉め切られた窓ガラスの外側に、まるで隙間を埋め尽くすかのように「大量の蝉の抜け殻」がびっしりと張り付いていたのだ。
茶色く乾燥した数え切れないほどの抜け殻が、ガラス一面を覆っていく不気味さに硬直していると、中身が空のはずのそれらが、一斉に羽を震わせるような不快な金属音を立てて蠢き始めた。
そして、私の本名を「〇〇……〇〇……」と、大音量の合唱のように鳴き始めたのだ。
ジジジジジ……と歪んだ音で自分の名前が部屋中に響き渡った瞬間、私の耳の奥に強烈な激痛が走り、鼓膜からツーッと熱い血が流れ出した。
脳を直接かき混ぜられるような激しい頭痛に襲われ、私はあまりの苦しさにその場に崩れ落ち、床の熱気の中で激しくのたうち回った。
これまで数々の死線を潜り抜けてきた経験から、脳裏に最悪のルールが弾け飛んだ。
耳を塞いでその場に蹲ったり、痛みに耐えかねて先生を呼ぼうと部屋のドアを開けて外へ逃げ出しては絶対にダメだ。
もしドアを開けてしまえば、外側に張り付いた無数の抜け殻の群れが一斉に室内に雪崩れ込み、全身の肉を骨ごと削ぎ落とされて即死する。
脳が破裂しそうな音響呪縛を力づくで解除する、唯一の脱出ルール。
それは、【自分のカバンから『陸上部の部誌』を引っ張り出し、その大量の抜け殻が蠢く窓ガラスに向かって部誌の表紙を強く叩きつけながら、『うるさい』と一言だけ全力で怒鳴りつける】ことだけだった。
これまで自分が走ってきた確かな現実の記録(部誌)を境界線であるガラスに叩きつけ、怪異の雑音をかき消すほどの確固たる拒絶の意思を自分の声で突きつけるしかなかった。
「うるさァァァいッ!!!」
私は耳から血を流しながら、死に物狂いでカバンから陸上部の部誌を掴み出した。
後日談:
- 私は耳元の血を制服の袖で拭いながら、熱気の残る進路指導室の床にへたり込み、荒い呼吸を繰り返していた。 窓の外からは、何事もなかったかのように通常の蝉時雨が遠くから聞こえており、ガラスには指紋一つ残っていない。 【夏特有の生物の死骸の残像を媒介にし、音響の呪縛で生存者の脳と鼓膜を直接破壊して引きずり込もうとする、容赦のない凶悪な呪い】だった。 だけど、あれは絶対に暑さによる熱中症の幻聴なんかじゃない。 なぜなら、あの怪談があってから大学1年になった今でも、私は【夏の日に外を歩いていて、木や壁に大量の蝉の抜け殻が止まっているのを見たり、激しい蝉時雨がふと一瞬だけ途切れて静寂が訪れるだけで、あの鼓膜が破れるような激痛がフラッシュバックし、全身の血の気が引いて硬直してしまう】んだ。 まさに今の7月になると、あの日必死に部誌をガラスに叩きつけた両手の感覚がミシミシと痺れ出し、冷や汗が止まらなくなる。 あの学校の怪談は、夏休み前の浮き足立つ日常の隙間で、季節の風物詩さえも最悪の凶器に変えて、私を抹殺するための怪談を仕掛けた。 次は8月だが、既に投稿してるので、9月だ
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